すれ違い痛心






パン、パァン! と言う小気味良い音が鳴り響いた直後、どう、と男が倒れていった。
それを横目に見遣りながら銃を懐に仕舞うと、ジョルノは何事も無かったかのように部下に命令して歩き出す。

(あぁ、気分が悪い。)

内心ではそう思いながら、何食わぬ顔で部下に護衛されたまま建物を出て待ち構えていた車に乗り込んだ。
ボスに君臨して早五年、後方に居て守られることの多くなっていたジョルノにとって久々の制裁だった。
本部へ戻ってみると執務室の前で仁王立ちのミスタが待っていた。

「ただいま、ミスタ。どうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねぇ! 何故俺に黙って行った!?」

そう問い詰めるミスタにやれやれと息を吐いて、ジョルノは護衛についていた部下たちを下がらせた。

「まず中に入りましょう。僕は些か疲れました。」
「……分かった。」

執務室に入り、ジョルノが執務椅子に座るとミスタはその正面から睨みつけて来た。

「どういうことだか聞かせてもらおうか?」
「何をです?」
「お前が人を殺して来た理由だ。しかもこの間ウチといざこざを起こした傘下のファミリーだな?」
「良く分かりましたね。でも今更何を言っているんです。珍しくも無いこと…」
「何故黙って行った!」

激昂するミスタに、呆れた顔をして見せてジョルノは応える。

「言えば君は反対する。それに二十歳を過ぎてなお保護者の許可が要るんですか?」
「当たり前だッ!! こんなのはお前のやる仕事じゃねぇ!」
「誰かがやらなくっちゃあならないことだった。だから僕が行ったまでです。」
「そういうのは俺たちがやる! お前はボスなんだぞ!? もっと自覚を持て!!!」

ミスタの言葉にジョルノは眼光鋭くして言い返す。

「あれも駄目、これも駄目……僕は子供じゃないんですよ! 君にそう五月蝿く言われるのにはうんざりです!!」
「何をガキ見てぇなこと言ってやがる! 組織を束ねる以上トップは常に狙われる。
 いくらお前のスタンドがあったとしても頭撃たれちまえばそれでお終いなんだぞッ!?」
「あぁ〜っ!! もう結構です! 僕は疲れました。君ももう休んだ方が良い。頭を冷やさなくては。
 幸か不幸か、君には明日から五日間ほどミラノの取引に行ってもらいます。出発は明日の午前十時の特急です。」

これがその資料だ、と言うように書類の束を差し出したジョルノはまともに目を合わせようともしなかった。
ジョルノの態度に苛立つ気持ちを何とか抑え込んで、ミスタは資料を受け取る。

「……お前は今からどうするつもりだ。一緒に帰るんだろ。」
「いいえ! このまま一緒に居ても互いにイライラするだけでしょう。僕はこの奥の仮眠室で寝ます。」
「そうかよ……じゃあな。」
「お休みなさい。明日は僕も移動が早いので会えませんが、しっかりやってくださいね。」
「ッ……仰せのままに、ボス。」

もう沢山だ、と言うようにミスタは乱暴に扉を閉めて出ていった。
ジョルノは大きな溜息を吐き、そのまま上体を机に伏せた。

(……八つ当たり、だ。)

日々積り積もって心労を掛ける責任、疑惑、裏切り、そして信用できるか分からぬ者との取引での駆け引き。
信頼していた者を処分しなくてはならないことも少なくは無い。
そして何より、自由が無いことがジョルノには堪らなく嫌だった。
常にだれかに護衛され、好きに街を歩くことさえままならない。
スケジュールは毎日何かで埋まっていて、会いたくもない人間と会い、楽しくもないパーティーに出席する。
そこで、どこに毒が仕込まれているのか分からないものを食べて飲んで、を繰り返すのだ。


いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだった。
何とかして憂さ晴らしをしたいと思っていた矢先、今回の制裁が決定した。
相手は幹部クラスでなければ近づけないターゲット。
舞い込んだ絶好の機会に、ジョルノは喜々として部下を数人連れて出かけていった。
その中には制裁を加える者の後を継がせる幹部も忘れずに入れておく。

ボス自らの御出座しに慌てふためくアジトに押し入り、有無を言わせず裏切り者を問い詰める。
ファミリーが見ているというのにペラペラと様々なことを話した。
六十も終わろうと言う男が、見っとも無く怯え、ジョルノの脚にすがり命乞いする姿は醜いものだった。
男の部下たちもどうして良いのか分からずおろおろと見守っていた。

ジョルノから引き離そうとする部下を制止して、懐からハンカチでも取り出すようにして銃を構えた。
呆気にとられている男に極上の笑みを向けて、ジョルノは言った。

「もう恐がらなくて良いんですよ。……Arrivederci。」

恐怖にひきつった顔で固まってしまった男の眉間に続けて二発、ジョルノは銃弾を撃ち込んだ。
どう、と倒れるのと周りが騒がしくなるのは同時だった。

代替わりの節目として連れてきた部下にやらせるつもりが我慢ならずにやってしまった。
そんな自分に呆れながら、ジョルノは懐に銃を仕舞い、パン、と手を打った。
シン、と静まり返る場に落ち着いた声でジョルノは言った。

「この者は聞いての通り裏切り者。当然の報いです。そしてこのファミリーは今日からこの者が治めることになります。」

そう言って斜め後ろに控えていた四十半ばの男を指差した。

「マッシモ、すまない、僕がやってしまった。後は頼みましたよ。……僕は同じ光景を見たくない。分かりますね?」
「s…Si,絶対の忠誠を貴方に、Papa.」

恭しく礼をする部下に頷いて、護衛を引き連れて歩き出す。
居合わせてしまった憐れなファミリーの面々は、畏敬の念を込めてジョルノの姿を目で追っていた。

暗澹たる気分で帰りつけばミスタの説教。
憂さ晴らしが失敗した上に五月蝿くされてはジョルノもたまったものではない。


ミスタの急な出張も、出掛ける前は悪いと思っていたのに、厭味ったらしく命じてしまった。
その上一緒に帰るんだろうと誘ってくれた彼に帰らないとも宣言してしまった。

自己嫌悪に苛まれ、ジョルノはもう一度溜息を吐くとそのまま目を閉じた。




同じ頃、ミスタはジョルノと共に暮らしている自宅に戻り、出張に必要なものをまとめていた。

(一体何なんだ、あの言い草は…!)

ジョルノの態度を思い出してはイライラとトランクに必要なものを投げ入れる。
何が気に食わないのかと言えば、ミスタの真の想いが伝わっていないということだった。

ミスタは誰よりも恋人であるジョルノを大切に思っており、また、誰よりも過保護だった。
正直なところ、ジョルノには汚い仕事、つまり人を殺めさせたり、制裁をさせたり、拷問させたくなかった。
今やちょっとやそっとでは揺らがぬほど大きくなったパッショーネのボスであるジョルノは常に危険と隣り合わせだ。
いつどこで命を狙われてもおかしくない。
ブチャラティのしていたように街の人々との交流も忘れてはいないし、海外の組織とも上手くいっている。
同盟ファミリーも多く、部下にも慕われているためそれほど心配は無いと思うが、ミスタは不安で仕方なかった。
出来ることなら片時も目の届かぬ所へ行きたくないし行かせたくなかった。

そんなミスタの想いを知らずにジョルノはボスにあるまじき行為をしばしばする。
一人で街をぶらついていたり、執務室の窓を開け放って事務をこなしていたり、護衛を差し置いて抗争に飛び出して行ったり……
今回の事も、本来ならばミスタかフーゴ辺りが行けば済むことであり、ジョルノが出向く必要はない。
ジョルノが数人の部下を連れて乗り込んで行ったと聞かされた時、ミスタは生きた心地がしなかった。
そして同時に、自らの立場を自覚して行動しろ、と腹が立って仕方無かった。

すぐにでも後を追いたいと思ったが、GPSがもうすぐそこまで戻ってきていることを知らせてくれた。
駆け出したくなるのを何とか踏みとどまって執務室の前で待っていると、疲れた様子のジョルノがやって来た。

近くへ来ると嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが鼻をくすぐった。

(俺の気も知らずに、コイツは…!!)

ミスタは怒りを抑えきれずに声を荒げてジョルノを叱り付けた。
心配しているにも拘らず反抗するジョルノに益々腹が立ち、独り残して帰って来てしまった。

独りには大きすぎるベッドに入ってしばらくすると、ミスタは言いようもなく情ない気持ちになった。
ブチャラティとアバッキオの歳を越してもう三年になるが、今の自分は二十歳だった彼らに比べて随分と幼く、頼りなく感じられたからだ。
疲れた様子を気遣ってやることもなく叱り付けた自分が悔やまれる。

今からでもジョルノのもとへ行こうかとも考える。
しかしもう寝てしまっていたら、会ってくれなかったら、また言い争いになってしまったら、と考えると気が引けた。
そしてミスタはジョルノに会いに行くのを断念して眠りについた。

翌朝、ジョルノのもとを訪ねたが、言っていた通り出発した後で会うことは叶わなかった。
電話で連絡を取ろうにも、相手が一向に出ようとしないのでは意味が無い。
ミスタは沈んだ気持ちのまま十五分以上遅れているミラノ行の超特急に乗りこんだ。

ジョルノは何度も掛かってくるミスタからの電話に出ることが出来なかった。
八つ当たりで酷い態度をとってしまい、どう謝れば良いのか分からないのだ。
気不味い思いは時が進むほどに大きくなっていき、余計にミスタからの連絡を無視してしまった。




五日間はノロノロとしか進まず、時間が減速しているのかのように感じられた。
予定では明るいうちに帰って来るはずが、夜になっても連絡一つ寄こさなかった。
常ならば電話かメールで知らせてくると言うのに、今日はそれもない。

(もしかして無視していた連絡はSOSだった…?)

その考えが頭をよぎった瞬間から、ジョルノは不安で居た堪れなくなった。
打ち消してみても、帰りが遅いのには理由がある。
やはり何か問題が起きたに違いない。

いよいよ我慢ならなくなってジョルノは自ら連絡を取った。

TRRRRRRRR……TRRRRRRRR……

呼び出し音が続くばかりで、ミスタは出てくれない。

(やはり彼らの身に何か…!?)

信じがたいけれども不安に支配された心に浮かんだその考えが、ジョルノの思考を止めてしまった。

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……ミスタが……ミスタ、が…?)

嗚呼、そんなはずはない。
あの彼がそう簡単に倒れるはずがない。

ブツブツと声に出して、自らに大丈夫だと言い聞かせた。
しかしそれは気休めにもならず、ジョルノは落ち着きなく執務室の中を動き回った。


日付が変わろうと言う頃、俄かに階下が騒がしくなった。
まさか、と思い部屋を飛び出し、ジョルノは階段を駆け降りる。

「追手は!?」
「大丈夫だ…俺が…」
「分かったからミスタは黙っててください!」
「い、今、医者を呼びにやります!」
「違うッ! 良いからボスをお呼びしろ!!」
「ハイッ!!」

駆け出してきた部下に頷いて見せて、ジョルノは早足で近づいた。
残業をしていたフーゴの指示で部下たちはテキパキと行動していた。

「フーゴ、これは…?」
「分からない。だが君は早く手当てをしてやってくれ。」
「はい。誰が一番重症です?」
「あっちの若いのだ。」
「分かりました。」

ジョルノは早速ゴールド・エクスペリエンスを発現させて怪我の酷いものから順に治していった。
急を要さない者と、痛みに苦しむ者への鎮静剤投与は専属医に任せて、次々に命を救う。
ジョルノの能力を知らない者は、目の前で起こる奇跡をただ呆気にとられて見つめていた。

「ミスタ…」

声を掛けると脂汗を流してニヤリ、と笑ったミスタは、左わき腹と右のふくらはぎを撃たれていた。
足の傷はそれほどでもないが、脇腹は銃弾が貫通していて出血が酷い。
ジョルノは震える手でその傷口に、砕いた床石を肉に変えて埋め込んで行く。
痛みが伴い、常人ならば悲鳴を上げるほどだがミスタはぐっと息をつめて堪えていた。

治療が終わり、ふと周りを見回すと、部下たちによって怪我をした者たちが運ばれていった。
派遣した人数が減っていないことに安堵して、フーゴに手伝ってもらいミスタを執務室の奥まで運んだ。
ミスタを二人がかりで仮眠室のベッドに寝かせる。

「安静にしていてくださいよ。部下たちの様子を見てきます。」

そう言ってフーゴが出ていき二人きりになると、ジョルノはイライラと尋ねた。

「一体何が……何があったんです!? 君と言う人が居ながら!!」
「悪ィ。取引相手の抗争相手が乗り込んできてな……あの人数じゃ逃げるので精一杯だった。
 でも安心しろよ、取引は終わった後だ。それに追手はちゃんと俺が殺っておいたから心配いらねぇ。」
「そんな事を聞きたいんじゃないっ!!」

そう叫ぶとジョルノはミスタに抱きついた。

「生きていてくれて良かった……!!」
「ジョルノ……」
「君からの連絡が途絶えて、ずっと無視していた連絡がSOSだったのかと……君が死んでしまったのかと…!
 僕は下らない意地で君や部下たちの命を失ってしまったのかと気が気でなかった。…気が狂いそうだった!!」
「俺も五日前、そう思ってたぜ。」
「…え?」

ジョルノは泣くまいとしてしかめ面でミスタに聞き返した。

「お前が勝手にあのファミリーに乗りこんで行った時だよ。」

ハッと息を飲んで、ジョルノは何も言えなくなった。

「俺だってお前をそれくらい心配してんだ。……それにお前が居なくなったらこの組織はどうする。」
「すみません……」
「いや、分かってくれたならそれで良い。俺も大人気なかったしな。ごめんな、ジョルノ。」
「ミスタ…! 僕の方こそすみません。」

ジョルノはミスタの胸元に顔を埋めて謝った。
その頭を撫でてやりながら、ミスタはそっと囁いた。

「二人より頼りないかもしれねぇけど、俺が居るだろ。もっと頼って良いんだからな。」
「ありがとう、ミスタ。十分君に甘やかされてますよ。」
「おう。」











後日談に「ただいま交心中」があります。