3月1日、退屈な卒業式を終え、無事に高校を卒業した僕はホリィさんを待たせては悪い、と急いで教室を後にした。 怪我のせいで留年した僕と彼らは年齢も違うし、特に誰かと仲が良いわけでもないのでそう話すことも無い。 卒業式という雰囲気に呑まれて騒がしい卒業生や在校生、教師たちを半ば他人事のように見遣りながら僕は思いだした。 (…去年は承太郎が女の子たちに囲まれていて鬱陶しそうにしていたっけ。) 承太郎は今日は家で待っていると言っていた。去年の事を思っての事だろう。あれは大変な騒動だった。 そんなことを思っている間に待ち合わせの場所に着いた僕はホリィさんに話しかける。 「お待たせしました、ホリィさん!」 声を掛けると彼女は少し慌てたように答えた。 「典明君ッ!お母さまが今そこに…ホラ、行ってらっしゃい。」 背中を押されてそちらへ目を向けると僕の母親が居た。僕が記憶していたより少し痩せたようだった。 僕はどう言ったら良いのか分からず何だか他人行儀になってしまった。 「お母さん…来て、下さったんですか。」 「…ええ。卒業、おめでとう。」 母もどう応えるべきか分からないようだった。 僕らが会うのは退院した時以来だ。承太郎と2人で僕の家に行って事情を説明した。 スタンドの事はさっぱり解らないようで、混乱させてしまった。 あの時は父には怒鳴られ、母には泣かれて散々だった。 一応謝罪はしたけれど許してもらえたとは思っていない。 だからまさか僕の卒業式に来てくれるとは思いもしなかったのだ。 それに知らせてもいない。 「典明、あなた…あの、承太郎君と2人で暮らしているんですってね。」 「はい。」 「今…幸せなのね?」 「はい、これ以上ない程に。」 僕ははっきりと答えた。 母はただ、「そう。」とだけ答えたきり考え込むように黙ってしまった。 まぁ、考えもするだろう。 実の息子に『僕は男である承太郎を愛していて一緒に暮らしています。そして今、この上なく幸せです。』と言われたならショックを受けても仕方がない。 僕は以前よりも両親の事を大切に、そう、愛しく思うことが出来るようになった。 しかし両親の方は逆に僕の事を『理解できない存在』と思うようになってしまったらしい。 昔からそう仲の良い家族ではなかったけれど、中学に入った頃からは上手くやって来たと思う。 そんな家族でも、拒絶されるのは辛い。 実際には5分にも満たない時間だったようだが僕にはとても長く感じられた時間が過ぎて母がようやくその口を開いた。 「…ねぇ、典明。一つだけ、これだけは約束して頂戴。」 「どのような…?」 「お父さんはああ言ったけれど、あなたはこれからも私たちの子供よ…。 あなたの事、理解してやれない駄目な親で御免なさい。でも…それでもあなたは、唯一人の大切な息子なのよ! …それを決して忘れないで、幸せに生きなさい。」 「お母さん…」 母は今にも泣きだしそうだった。僕だってそうだった。 どうしたら僕はこの胸に溢れるあたたかな想いを貴女に伝えることが出来ますか? 少し逡巡した後、昔より小さく、か弱く見える母に近寄って僕はそっとその体を抱きしめた。 とても懐かしい香りがした。 「ありがとう。僕も、お母さんとお父さんを愛しています。絶対に幸せになります…すでに今現在も幸せですけれどね!」 わざと明るく言うと、母は僕の頭を撫で「そうだったわね。」と言いながら微笑んでくれた。 (あぁ、これでようやく本当の親子になれた…) そう思ったとき、母が僕の背中越しに声を投げかけた。 「承太郎君ッ!典明の事、幸せにしてやってくださいね。」 「はい、誓って。」 僕は驚いて勢いよく振り返った。 するとそこには声の主、承太郎がホリィさんと並んで立っていた。 ホリィさんはレースのハンカチを目元にあてて微笑んでいた。 「えぇッ!?承太郎、君、来ないんじゃあ…」 「遅いから迎えに来た。…それだけだ。」 「え、あ、ありがとう…////」 フイ、と顔を逸らして言う承太郎の言葉に僕は赤くなってつっかえながらお礼を言った。 すっかり母親たちの存在を失念していた僕は掛けられた言葉にひどく驚いた。 「キャ!見せつけてくれるわぁ!お邪魔虫は退散しないとねv」 「そうですわね。」 二人は何やら意気投合した様子で微笑んでいる。 (何はともあれ僕たちは認められた、許されたんだ。) そう思うと嬉しくてまた泣きそうになった。 承太郎がぎゅっと抱き寄せて「泣くんじゃあねぇ。」なんて言うから、我慢しきれなくなって涙が頬を伝った。 すると彼はその雫をあたたかな指で拭ってくれた。 僕たちは一生を懸けて今日交わした約束を守るだろう。 それこそ死ぬまで、いや、来世までもずっと。 特別な、とてつもなく大事なこの日。 これから毎年、この日は二人揃って報告に行こう。 僕たちが約束を守っていることを伝えに…! 「改めて、これからも宜しく、承太郎。」 「おう、任せろ。幸せになってやろうぜ。」 春に近づき、少し柔らかくなった風が僕らの周りを吹き抜けて行った。 |