恋人日和





GW。五月病にかかってしまいそうに穏やかな連休の初日。
僕たちは別にこれと言って何をする予定も無く家でゆっくりと過ごしていた。
僕はパソコンに向かっていたし、承太郎の方は本の虫だった。
彼ときたら一度本を開きそちらの世界へ入ってしまうと声を掛けても生返事ばかりで本を取り上げるか、
十分の一の力でエメラルドスプラッシュを打つしかないのだ。(後者は冗談だけれど。)

僕はもう何度目になるか分からない溜息を吐いた。ハイエロファント・グリーンが僕の頭を撫でてくれて、ちょっと慰められた。
僕は幼いころからの習慣で自宅に居る時はハイエロファントを出したままにしておく。
僕の親友であり、心の支えだった。よく、今みたいに頭を撫でられていたものだ。
ありがとう、と小さな声で僕はお礼を言った。

「何か言ったのか?」
「ん〜?暇だなぁって思って。なぁ?」

ハイエロファントにそう聞いてみると、フワッと光を発して同意してくれた。

「そうだな…どこかへ行ってみるか?」

思いがけずそう承太郎に言われて僕は目を見張ってしまった。
「うっおとしい」ことが嫌いな彼だから、GWなんて言う世の中が騒がしい時期に外出を誘ってくれるとは思わなかったのだ。

「え…いや、別にどこか行きたい所があるわけじゃあないんだ。」
「そうか。…見逃した映画でも借りて来るってのはどうだ?」
「いいね!見たかったのがあるんだ。」
「行くか?」
「うん。」

今日は気持ちのいい晴天で風があった。僕たちは軽い上着を羽織って家を出た。
僕らの住んでいるマンションは緑が多いのも自慢の一つでとても美しい。
葉桜の緑色の間から見える太陽の光がキラキラゆらゆらと風に合わせて歩道に模様を描いていた。
僕は緑色が大好きだ。ハイエロファントも、承太郎の瞳の色もそうだ。
承太郎の煌めいて美しいその瞳に見つめられると急激に心拍数が跳ね上がってしまう。

並木道を歩きながら僕らは他愛ない話をしていた。
「上着は要らなかったな。」とか「風が心地良いね。」とか。
レンタルショップに行って洋画を三本借りた。
少し古いフランスの恋愛映画、アメリカのアクションシリーズの完結編、あとはホラーを一本。
それを手に店を後にして僕らは少し遠まわりをして帰る。

「この連休はいつホリィさんの所に帰ろうか?」
「行かねぇとまたうっとおしいからな。」
「またそんなこと言って…。明日でも良いよ。僕は特に用事も無いし。」
「お前が良いなら明日にでも帰るか。今日くらいゆっくりしても良いだろう。」
「そうだね。…フフッ。」

僕は嬉しくなって笑った。承太郎の方も笑顔で、そっと手を握ってくれた。
大きくて温かいその掌をぎゅっと握り返して離さないで歩き続けた。
近くの公園では親子連れが遊んでいて、子供たち特有の高い声がキャアキャアと響いてきた。
普段ならば歩道に出てくる人もいるのだけれど、
何の巡り合わせか僕たちの歩く道は別世界のように静かでしっとりとした空気と時間が流れていた。
指を絡めあって、いつもよりもずっとゆっくり歩いて家まで帰った。
なんだか今日は恋人日和だ。


お昼は簡単に作ってアクション映画を見ながら食べた。
行儀は悪いかもしれないけれど僕はこれが大好きだ。
なんだか特別な感じがして楽しくなる。
映画の内容は無難な終わり方かな、という程度のものだったけれど、シリーズ物はどうしても続きが気になってしまう。
承太郎と二人で「僕だったらハイエロファントに偵察に行ってもらうからこんな罠には引っかからないよ。」とか
「この程度の攻撃でぶっ倒れるなんて情ねぇな。」なんて普通の人間には無理なことをわざと言っては笑いあった。

映画を観終わって少ししてコーヒーを淹れていると急に承太郎のケータイが鳴った。
いきなり教授に呼び出されて承太郎は出かけなければいけなくなってしまった。

「すまん、七時には帰って来る。…そうだな、どこかへ食べに行くのも良いな。」
「でも君、疲れないかい?」
「誰に言ってんだ?」
「それもそうだ!じゃあいつものお店で良いかい?君は直接そこへ行けばいい。」
「あぁ、あそこなら少しぐらい時間が前後しても平気だしな。…じゃあ行って来る。」
「いってらっしゃい。」

承太郎は僕の頬にキスを落として出掛けて行った。
僕は彼が呼び出されたことに少なからずショックを受けていたのだけれど、それがデートに変わってドキドキしている。
まったく単純な人間だと自分でも思う。
さっそく僕はリストランテに予約を入れた。

時間まではまだ映画を一本観られそうだ。
ホラーは初めから僕だけが見る予定だったから丁度良い。
僕は少し冷めてしまった2人分のコーヒーを飲みながら観た。
ハイエロファントは僕の隣で一緒に映画を観ていてくれた。
見たかったこの作品は期待を裏切らない展開で僕は大変満足した。

そうこうしているうちに五時半になってしまった。
予約は七時だから六時半に出れば余裕で間に合うだろう。
僕は何を着ていくか迷いに迷って、細いストライプのドレスシャツに緑色のカフスをはめてジャケットと細身のパンツを合わせた。
このカフスは承太郎の瞳の色に似ていてとてもお気に入りのものだ。
見つけた時、迷うことすらせずに買っていた。
承太郎に見せたら「やれやれ」なんて言われてしまったけれど、
その彼が買ってきた新しいピアスがハイエロファントの緑色だってことを僕は知っている。
彼のそういう所がまた僕は好きなんだ。

時計を見ればもう六時半を過ぎてしまっていた。僕は急いで家を出た。
予約を入れたリストランテは歩いて行ける距離で美味しいワインを揃えている僕たちの行きつけの隠れ家的店だ。
本格的なイタリア料理を出してくれる。
シェフは若いころイタリアに行き修業を積んだのだと言っていたが、本当に美味しい。

「いらっしゃい。」という声とともに奥を示された。
そこを見ると、驚いたことにもう承太郎が来ていた。
僕は軽く会釈して承太郎の待つテーブルへと向かった。

「早かったじゃあないか。」
「あぁ。資料を失くしたというから行ったんだがすぐに見つかった。
  帰れるかと思っていたらついでだからと手伝わされてな。」
「それはお疲れ様!感謝されただろう?」
「あぁ、夕食を誘われたが先約があると断って来た。」
「ありがとう。」
「当たり前だ。」
「もう注文したのかい?」
「あぁ。お勧めを頼んでおいたが、何か希望があるなら…」
「いや、僕はここの料理は何でも好きだ。」

笑顔を交わし合っていると食前酒が運ばれてきた。
僕らは「乾杯」と小さくグラスを合わせた。
料理もワインもとても美味しかった。
記念日というわけではないのに何かとても特別に感じた。
帰り道、僕は提案した。

「ねぇ、承太郎。ホリィさんの所へ帰るの明後日でも良いかい?」
「構わないが、どうした?」
「二人きりでのんびりするのも良いなって。」
「そうだな。」

明日はもう一つの映画をそろって観よう。
甘ったるくて今の僕たちには丁度良い。
僕たちは腕を組んで家まで歩いた。
明日もきっと恋人日和。