これは夢?幻?それとも現実?





シーザーの通っている大学に入学してきたジョセフは、
偶々入ったサークルで一つ上の学年のシーザーに一目惚れした。
事あるごとにシーザーに付きまとい、『シーザーちゃん』と愛嬌のある笑顔を向けて話し掛けてくるジョセフを、シーザーも可愛がっていた。
二人の姿は正に「面倒見の良い親鳥とそれについて行くヒヨコ」で、サークル名物のようにさえなっていた。

そして二人が出会ったその年の終わり、ジョセフはシーザーに熱烈な告白をした。
馴れ馴れしいが可愛い後輩に懐かれている、としか考えていなかったシーザーは驚きのあまりとっさに何も言えず
「一先ず考えさせてくれ。」とその場で応えることはしなかった。
そのまま長期休暇に入り、その間は気まずさから二人ともどちらからも連絡を取ることが出来ず休暇は明けた。

新学期に入り、ジョセフからの呼び出されたシーザーはもう一度告白を受けた。

「俺…シーザーちゃんの事が大好きなんだ。どうやっても諦めきれない。
…ごめんね、こんなコト言われても困るだけだよね…。」

涙ながらに言われ、ほだされたシーザーはこう答えた。

「俺にとってもお前は一番大切なヤツだよ、ジョセフ。」

これ以降二人の仲は急速に深まり、夏には校内でも超有名なカップルとなった。
同性での婚姻が認められるようになって五年が経ち、
若者の間では男同士、女同士のカップルは珍しい事でもおかしい事でも無くなっていた。
しかしまだ古いタイプの、言い換えれば頭の固い人間の間では偏見や差別が絶えていなかった。
三年生も終わりに近づく中、内定を得たシーザーは安堵の中あることを決心していた。



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長期休暇に入り二人はまったりと、一人暮らしをしているシーザーの部屋で過ごしていた。
ただの先輩と後輩と言う関係の時からこの部屋に入り浸っていたジョセフにとっては
勝手知ったる他人の家、というヤツで自分の部屋のように寛いでいた。
シーザーにしても自らの部屋ながらジョセフが居る事に慣れすぎて、
彼が自分の部屋の中に居ない方が不自然と感じるまでになっていた。

そんな午後、シーザーは急に改まった表情で切り出した。

「なぁ、ジョセフ。」
「なぁに、シーザーちゃん。そんな難しい顔して…」
「あのな、これから真面目な話がある。心して聞いて欲しい。」
「う、うん。」

シーザーのあまりに真剣な様子に圧倒され驚きつつも居住まいを正したジョセフに正面から向き合うと、彼はゆっくりと話しだした。

「お前が初めて告白してくれた時、言われたことが信じられなくて、
何より自分の気持ちが分からなくて、お前には辛い気持ちを味わわせてしまったと思う。本当に悪かった。
だが、二度目にお前が泣きながらオレを好きだと言ってくれた時、どうしようもなく愛しさが込み上げてきたんだ。」

その言葉にジョセフは今から何を言われるのだろうと不安に思う半面、かつての自分を思い出して赤面した。シーザーはまた続ける。

「今、俺はお前と共に過ごせてとても幸せだと感じている。
  もう、これ以上の相手はこの生涯現れないだろうと確信した。
  …だから、ジョセフ。俺と結婚してくれ。」


静かな部屋に響いたシーザーの言葉にジョセフは混乱して言葉を失くす。
ジョセフの頭の中では色々な事が駆け巡っていた。

(い…今、シーザーちゃんは何て言った?結婚?ウソ!
  た、確かに同性結婚も認められてるし一般的にもなってはきたけど…
  これは夢だったりしない?もし…もし夢なら、二度と目覚めたくないよ。)

赤くなったり青くなったり暗くなったりするジョセフの表情を見つめながらシーザーは
『嫌だ』と言われたらどうしたら良いだろうと今更ながらに恐れていた。
互いに何も言い出せず沈黙が部屋を支配した。
それとは対照的に外からは下校中の小学生たちのはしゃいだ声がキャアキャアと聞こえてきた。



一体どれほどの時間が経ったのだろうか、窓の外は燃えるような朱色からから寂しさを感じさせる青紫へ移り変わろうとしていた。
このままで居るのに耐えられなくなり、シーザーは小さくなって俯いてしまっているジョセフに話しかけた。

「ジョセフ、もしこのことが重すぎるなら…嫌なら、俺の事は気にしなくていい、そう言ってくれ。
これは完璧に俺自身の身勝手な願いだ。……そうだよな。男の俺と、なんて不安だよな。他人に白い目で見られるかも知れねぇし…」

悪い、と哀しそうに笑うシーザーの声を聞いて、ジョセフは躊躇いを捨てて勢いよく顔を上げて言った。

「違うッ!嫌なんかじゃ…嫌なわけないじゃんか!!
  でも、もし俺が…俺のことでシーザーちゃんが嫌な目にあったり、社会に出て変に見られたりしたらって思ったら…
  俺、シーザーちゃんの邪魔にはなりたくないんだッ!だって好きだから…!!!」

瞳を潤ませて今にも泣きそうになりながらも、一生懸命言葉を紡いだジョセフに心を打たれたシーザーは嬉しさに震えながら聞いた。

「だったら、嫌じゃあないんだな?俺と結婚しても良いって、そう思ってくれてるんだなッ!?」
「うん…世界中の誰でもなくてシーザーちゃんだけを、ううん、シーザーちゃんだからこそ愛してるんだよ!……こんな俺でも貰ってくれますか?」
「当たり前だッ!…お前が欲しいんだ、ジョセフ。愛してる。」
「うんッ!ありがとう…俺もシーザーちゃんのこと愛してる。大大大大大〜ッ好き!!」

夕陽よりも眩しく赤く染まった顔でそう言ったジョセフにシーザーはこれ以上ない程の愛しさを感じて、ジョセフに近付くとそっと抱きしめた。
そしてジョセフもまたシーザーの広い背中に腕を回してギュゥウッとしがみ付いた。

「お前に出逢えて、お前が思い切って告白してくれて、
  お前がプロポーズを受け入れてくれて、本当に良かった。
  正しく俺は世界で一番の幸せ者だ…!!」
「シーザーちゃん…」

ジョセフは感激のあまり涙を溢れさせた。
自分を心から愛してくれるシーザーの腕に抱かれ、肩口に顔を埋めたまま泣きじゃくる。
そんな姿がより一層愛しさを感じさせ、ジョセフが落ち着くまで、何度も何度も頭や背中を撫で
「ありがとう。愛してるぜ、ジョセフ。」とありとあらゆる所に口付けながらシーザーは囁き続けた。
しかしそれは更にジョセフの涙を誘った。



窓の外が夕闇に支配されかけた頃、ようやくジョセフは落ち着き泣き止んだ。
シーザーの腕から離れると、洟をすすりながら照れ隠しに笑いながらジョセフは言った。

「へへ…俺も、世界一、幸せ。あぁ〜良かった!あの時勇気を出して告白してさ!…俺、嫌われるの覚悟してた。
  だから今も信じられないよ。まさかこんなすンごいコトになるなんて思わなかった。…まるで夢みたい。」
「夢じゃあねぇよ。…って斯く言う俺も、信じらんねぇ位に嬉しいんだけどな。」
「ホント?!…じゃあ、お揃いだね。」
「あぁ。」

夜の帳が下り辺りはもう真っ暗で、暖房のきいた部屋の中に居てさえも肌寒く感じるほどだったが、
二人の間に流れる空気はふんわりと柔らかで温かさに満ちて、二人を包んでいた。


その夜は珍しく牡丹雪が舞った。なるほど寒いのも頷ける。
大粒の柔らかな雪がほわりほわりと落ちてくるのを二人は共に一つの布団の中から見た。
そして『いつ両親に報告に行くか』や、『いつ、どこで式を挙げるか』、果ては『どこへ新婚旅行に行くか』という事を語り合った。
まだ一番初めの難関をクリアしていないのにも拘らず、夜半に至るまで身体を絡めながらいつまでも話しをした。
とにかく二人は「今、自分達は幸福というものを体現しているんだ」と感じていた。

「シーザーちゃん。シワくちゃでヨボヨボのおじいちゃんになっても、ずうぅっと一緒に居ようね。」
「そんなのは当たり前だ。どんなに老いぼれても傍に居るさ…!」
「ありがと!愛してるよ!」
「俺だって負けちゃあいないぜ!」

どれほど続けても意味の無い言い合いに、二人は顔を見合せて笑った。
どちらがより愛しているかなんて分かるはずがない。何しろ二人ともがこれ以上ないほどに互いを愛しているのだから。