「ミスタ……プリン。」 ジョルノは上目遣いに言った。 「だ〜か〜らぁ〜!!この書類の山が片付いたらいくらでも作ってやるって言ってンだろ!?」 ミスタは腰に手を当て、やれやれと言わんばかりの表情で言った。 「後じゃあ嫌なんです、『今』食べたい。」 「…仕方ねぇ奴だな。じゃあ今買って来させるからとりあえずそれで我慢しろ」 「違います、僕が食べたいのはミスタの作るプリンなんです!」 「あ”――――!!分かった、分かりましたよボス!作りゃあ良いんだろ!? …出来るまでには時間がかかるんだ、それまでに一山分くらいは終わらせておけよ、良いな?」 「はい、たくさん作っておいてくださいね!」 「Si,Boss!!まったく…」 ぶつぶつ言いながらミスタはジョルノの執務室から出た。 部下の一人に警護を任せ、フーゴに軽く挨拶するとこのパッショーネの本部のすぐ傍にある屋敷へと向かった。 もちろんボスの願いを叶える為に。 ジョルノとミスタが暮らしている屋敷は、本部の目と鼻の先にあり何かあれば部下たちがすぐに駆けつけられるようになっている。 また、近いからこそミスタはせっかくの休日に呼び出されてしまうということもしばしばだ。 実を言うと今日も本来ならば一週間の出張の代わりに休暇を丸一日貰ったはずだった。 昨晩遅くに帰宅したミスタは簡単に報告書をまとめると眠りについた。 ジョルノはその日もフーゴによって執務室に缶詰め状態にされていた。 そして今日の午後、ついにジョルノの不満とミスタ欠乏症が爆発してフーゴとの言い争いが始まってしまったのだ。 泣きそうな声で連絡を寄こした部下の話によれば、ジョルノが必要最低限以上の仕事をせず書類を溜め込み、 それを知ったフーゴが(初めのうちは説得していたものの)激怒し今にもつかみ合いの喧嘩が始まりそうだということだった。 ボスと参謀の喧嘩に巻き込まれてしまった可哀想な部下たちのため、ミスタは休暇を返上で本部へ赴くことに決めた。 着いてみれば、スタンドこそ出していないものの壮絶な口論が展開しており、廊下の外までフーゴの怒鳴り声が聞こえてきた。 そこへ行くまでには幾つもおろおろと不安そうにしている部下たちの顔を見た。 しかしそのどれもがミスタを見ると一様に『救世主が来た』という顔になった。 ミスタは自分さえ居ればここまで大事にはならなかっただろうと、部下たちに済まなく思った。 それと同時に今度は一体どんな下らないことで喧嘩しているのかと溜息を吐きたくなった。 執務室の前に居た部下を下がらせ、覚悟を決めると部屋の中に足を踏み入れた。 「〜君はすぐにそうやって話をはぐらかそうとするッ!!」 「そんなことないですよ。ただ僕は事実を述べているだけだ。良いじゃないですか、期日までには必ず終わらせているでしょう?」 「そんなのは当たり前のことだッ!!」 「ハイハイ、そこまで〜。お二人さん、少し落ち着いてもらえませんかね、皆ビビッちまってンだろ?」 「ミスタ…!!」 つい先ほどまで不機嫌そうにしていたジョルノは一転、輝く笑顔になってミスタの方へ駆け寄ると抱きついた。 目を三角にして怒っているフーゴに同情の眼を投げかけてミスタはジョルノの頭を撫でた。 「ミスタ、出張お疲れ様。首尾よく運んだみたいで良かったです。 それよりも…ジョルノがまた我が侭を言いだした!!今日は何と言ったと思う?」 「いや、分かんねぇけど…」 「君の作ったプリンを食べたいからそれが出来るまでは仕事はやらないって言うんですよ!? パッショーネのボスともあろう人間がよくもそんなふざけたことを…!しかも、あれだけ仕事を溜め込んでおいて!!」 フーゴが力強く指差す方には書類の山が三つも出来ていた。(あ〜四じゃなくて良かった。) 昨日も缶詰めだったというのに何故これほど残っているのか分からない量だ。 ミスタは呆れ顔でジョルノを見下ろすが、しかし当の本人はシレッとして言い張った。 「ミスタが居なかったので集中出来ませんでした。」 「良くもぬけぬけと…ッ!」 「だぁッ!!!やめろって!…フーゴ、悪ィがここはオレに任せてくれ。とにかくこの書類を片付ければ良いんだよな?」 「ええ。…仕方ないですね。くれぐれも宜しくお願いしますよ、ミスタ。」 「あいよ。」 ジョルノの思惑通りで釈然としないという様子のまま、フーゴは執務室を出て行った。 扉が閉まると同時にジョルノはミスタにキスをして「会いたかった。」と囁いた。 けれどもミスタの方は「だからって仕事サボるんじゃねーよ。」とつれない。 ジョルノは不満げに眉間にしわを寄せ、「酷い。」とむすっとした声を出してみせた。 これ以上機嫌を損ねると本気で仕事を放棄しかねないと踏んだミスタは、態度を軟化させ甘やかせてやる。 「ハイハイ、寂しかったんだな?俺はこの通り無事に帰って来たんだ。終わるまで傍についててやるから早ぇトコ片付けちまってくれよ。」 頭を撫でられながらそう言われて、渋々ながらもジョルノは頷く。 それに「イイ子だ。」と額にキスすることでミスタは応えた。 ようやくジョルノは机に向かい、少しずつではあるがその書類の山を崩して行った。 しかし努力と説得も虚しく、それから一時間もしないうちにミスタは執務室から出て行く事になってしまった。 「さてと、久しぶりに作るか!」 黒のエプロンを着て袖をまくり上げると、ミスタは早速プリン作りに取り掛かった。 材料は帰る途中で買って来たので不足は無い。 手慣れた様子で容器とオーブンの用意を済ませると、カラメルソース作りに入る。 焦がさないように気を付けながら煮詰めていけば、ふわりと辺りに甘い香りが広がる。 ピストルズたちは『俺タチノ分モ忘レナイデクレヨ、ミスタ!』と周りを飛び回って叫んでいた。 それに「分かってる」と応えて、同時に「熱いから触るんじゃねぇぞ」と釘を刺すことも忘れなかった。 程よく飴状になったカラメルに熱湯を注ぎ、柔らかくのばしてから容器に移す。 プリンの生地を作り終えると容器に注ぎ、オーブンに入れてタイマーを掛ける。 後は待っていれば完成だ、とミスタは一息吐くためにエスプレッソを淹れることにした。 ジョルノこだわりのエスプレッソマシンに挽いた豆をセットしてスイッチを入れる。 キッチンから居間へと移動したミスタはカップを片手にソファに腰を下ろした。 「まったく、とんだ休日になったもンだぜ。それにしても久々の割にスムーズにいったな。 ……作り方をすっかり覚えちまうくらい作らされてるってことか。」 困ったヤツだ、と苦笑いで溜息を吐いてエスプレッソに口を付ける。 ピストルズたちはシエスタの時間に入り眠っているため広い屋敷の中はとても静かだった。 昨日までの忙しさとは違う、その長閑で穏やかな時間にミスタはついウトウトとしていると、キッチンからタイマーの音が聞こえてきた。 その音に意識をはっきりと取り戻し、出来上がっただろうプリンを取り出しに行く。 甘い良い香りがキッチン中に満ちていて、思わず表情が緩む。 オーブンを開け、天板掴みでプリンの乗った天板を持ちあげたその時… 「ミスタッ!!」 こっそりと忍び寄っていたジョルノが声を掛けた。 それに度肝を抜かれたミスタは手を滑らせて天板をすっ飛ばしてしまった。 それこそスローモーションのように床へ落下していき、ジョルノが楽しみにしていたプリンは見るも無残な有り様となってしまった。 不幸中の幸いは、ミスタもジョルノも火傷を負わなかったことだろう。 「あぁ…」 「……すみません」 ふぅ〜、と大きな溜息を吐くと、ミスタはこれ以上ないというほどの満面の笑みを浮かべてジョルノへ向き合って言った。 「そこに座れ。」 「……はい。」 そのあと2時間以上にもわたってミスタは説教を続け、 その内容はキッチンに立つ者に不意に声を掛けるな、何故ここに居るのか、仕事は終わらせたのか、 フーゴに迷惑を掛け過ぎるな、そもそもお前は我が侭が過ぎる、などと様々なものに及んだ。 とにかく延々と小言は続き、ジョルノはしゅんとしてそれを受けていた。 「分かったか、ジョルノ。」 「はい、すみませんでした。これからは気を付けます。」 反省しているジョルノの頭をぐりぐりと撫でてやり、ミスタは仕方ないな、という笑顔でこう続けた。 「じゃ、片付けてもう一度作るか。仕事の方も一段落ついたんだろ?」 「はいッ…!!」 嬉しそうに抱きついてくるジョルノをしっかりと抱きとめてから、ミスタは額にキスしてやる。 「やっぱり貴方が大好きです、ミスタ」と、猫のように首筋に頭を撫でつけて来るジョルノの背中をポンと叩いて応えてやり、離れるように促す。 そして二人で床に飛び散り冷めたプリンのなれの果てを片付け始めた。 |