心の中で





僕はね、ジャイロ。
君って本当はすごく脆い人間だと思う。
何故って?
それはね、君がこの上なく優しいからさ。
……僕とは違って、ね。



君は僕にとって本当に不思議な存在だ。
いつも僕の想像しないようなことをやってのけるし、口にする。

どうしようもなく惹かれた。
二度と歩くことは出来ないだろうと思って諦めていた足が動いた、ということもあるけれど、
君はいつも堂々として自信に満ちていて、生命力に溢れている。
人生を半ば投げていた僕には、君がとても眩しく見えたんだ。
颯爽と去っていくその後ろ姿から目が離せなかった。
絶対に君から不思議な力の謎を得て、君に僕を認めさせてやろうと思った。
今、僕がこんなにも積極的に、懸命になって“生きている”のは正に君のお蔭なんだよ、ジャイロ。

「ねぇ、君はどう考えてる?僕のこと……僕らの、こと。」

眠っている君にこんなことを聞いても仕方がないのは十分承知しているけど、
荒野の中たった独りで火を見つめているだけで居るのはやはり心細いんだよ。
風や草の動く音、何か虫か動物のうごめく音、馬たちの呼吸音、火のパチパチと爆ぜる音。
そして、君の寝息。
騒がしいようでいて、逆に一層寂しさを増すこの音たちは僕に強い孤独感を与える。
すぐ隣に君が居るのに心細くなってしまうんだ。


さっきの問いの僕の答えはね、「君のことが好き」だよ。
君ってとても頼りになるし面白いし、僕が無くした真直ぐで正しい心を持っている。
可笑しな歌やネタを自慢げに披露する君も好きだ。
僕が一人じゃあ出来ないことを自然に助けてくれる君の優しさが、涙が出るほど嬉しいんだ。

君は僕のことをただの仲間としか思っていないかもしれないけど、
他の誰でもなく≪僕を≫隣に置いてくれているんだから、
他のヤツよりは君の中で僕は『特別な存在』だと信じても良いかな?

それさえ分かれば僕はこれ以上のことを望んだりしない。
だけど「誰よりも君の隣に居る!」ということだけは絶対に死守してみせる。
僕らの間に誰一人として入らせたりしないし、近寄らせもしない。

僕はこのまま一生、自らの想いをひた隠しに隠して君の親友として生きていく。

『大好きだよ、ジャイロ……!』

僕は声にならない声で叫ぶ。
君にこの想いが届かなくても、その片鱗でも感じ取ってもらえるように。
心の中でだけでも君を想っていたい。
それ位なら君も、許してくれるだろ?

こんなことしか出来ない自分が情けない。
相変わらず君は規則正しい寝息を立てていて、薪はパチパチと燃えていた。
そろそろ交代の時間だ。
君を起こさなくっちゃあならないんだけど、もう少しだけこのままで居させて欲しい。
いつもみたいに話せるようになるまで、もう少し……


レース自体が今後どうなっていくのか分からない。
これからもっと多くの敵と戦っていかなくっちゃあならないかもしれない。
ジャイロの足を引っ張るようなことはしたくないし、僕だって負ける気は毛頭ない。
だけどこのレースに勝つことは険しい道だ。
それを僕らは二人っきりで進んでいく…!

そして僕は遺体を手に入れて、何としてもこの足を動かせるようにしたい。
何の負い目も引け目も感じることなく、君と対等に渡り合えるようになるんだ!
そのためにはどんなことだってやってみせる。
例えそれが非常識で、非倫理的だと言われたって構うもんかッ!
僕にはもう他に方法がないんだ…
これに賭けるしか、僕が元に戻ることは出来ない。
そんなとき、人のことなんて気に掛けていられるかい?
はっきり言って、無理だね!

そうとも。
僕は僕が大事なんだ。
ジャイロの他人思いな所は好きだけれど、僕には命懸けで他人のために何かするなんて考えられない。
自己中心的だと罵られたとしても僕は自由を手に入れてみせる…

ジャイロはどう思うだろう…?
こんな僕に失望する?それとも罵倒するかな?
でも…それでも、こんな僕でも、君のためなら何でも出来る気がするよ。

ねぇ、ジャイロ
僕の前に現れてくれてありがとう。
ねぇ、ジャイロ
僕を救ってくれてありがとう。
ねぇ、ジャイロ
僕は君がとっても好きだよ。
ねぇ、ジャイロ
僕が信頼できるのは君だけなんだ…
ねぇ、ジャイロ
このレースが終わったら僕らはどうなるんだろう?
ねぇ、ジャイロ
僕も連れて行ってくれるかい?
ジャイロ…


尽きない想いはただ胸の中に。
大きな溜息を吐いて空を見上げる。

藍色の闇が広がる空は、吸い込まれてしまいそうに途方もなく感じられて、
そこに散らばる星々は気味が悪いほど輝いていた。







仮眠を取ると言っても二、三時間の眠りではそう深く寝入ることは出来ない。
休める時にはしっかり休んでおくべきだと分かっちゃあいるが、
寝袋に入って『ハイ、お休み〜!』なんてことは無理ってもんだ。
それでも体力を回復するために身体から力を抜いて目を閉じる。

三十分経っても一向に眠気はやって来ず、何度目かになる寝返りと共に薄目を開けてジョニィを見た。
ジョニィはひとり、明日使うかもしれないものの点検をしたり、ハーブを揃えたりしながら火の番をしていた。

『お休み、ジャイロ。くまちゃんは持ったのかい?』なんて笑いながら俺に言った時の
いたずらっ子のような表情は消えてなくなり、何か深く考え込んでいるようだった。
まぁどうせレースか遺体のことだろう…
俺はもう一度目を閉じて眠ろうと努力してみる。


ここまで一緒に旅してきたが、あいつは時折ぞっとするようなことを躊躇いもなく口にするし、行動に移す。
その上あの静かに燃える瞳…
恐ろしいと思うと同時に、心を奪われてしまった。
あれはオレに焦燥感を抱かせ、胸を騒がせた。
そしてその強い意志に引き付けられて仕方なかった。
美しくて苛烈な視線が俺を貫いてどうしようもなくさせた。

――これを他のヤツに見せてはいけない。

そう思った。
あの顔は俺だけが知っている…いや俺だけが知っていれば良いものだ。

ジョニィはまだ十九だってのに暗く重い過去を背負いすぎている。
そのせいだろうが、あいつはその辺に居る同年代のヤツらとは全く違う。
……あれは持たなくて良い強さだと俺は思う。
俺は普段の、俺と一緒になってふざけ合ってる時に見せる年相応の無邪気なジョニィを守りたい。

別に、漆黒の意志を見せる時のジョニィが偽物だとか言うんじゃあない。
むしろ、過去の辛い経験があったからこそ今のあいつがあいつであるのに違いないし、それを否定したいわけでもない。
素直に感情を見せる、その純な心を大切にしてやりたいんだよ。

あいつが俺のことを一体どういう風に考えているんだか分からないが、
鉄球の力を得るためだけに隣に居るんじゃあないことを祈る。
強がっちゃあいるがあいつは寂しがりの構ってちゃんだ。
俺が傍に居てやるよ。
尊敬する大好きな兄さんを亡くしてから親父さんと上手くいってないらしいから、
もしかしたら俺を兄さんと重ねてたり…?
って、そんなことねーか。

なんてことを考えていたら風に飛ばされてしまいそうに小さな呟きが聞こえた。

『ねぇ、君はどう考えてる?僕のこと……僕らの、こと。』

どう考えてる、か…
考えたことなんて無かったな。
もう今じゃ傍に居ることが当たり前すぎてそんなことは考える必要がなかった。

改めて考えてみるが俺にとってあいつはどんな存在なんだ?

初めは俺に付きまとって来る変なヤツだと思っていた。
だが行動を共にして、助け合っているうちに色々と分かって来て、
なんつーか、情が移ったってヤツなんじゃあないかと思う。
……そう思ってたんだが、最近は少し違ってきちまったみたいだぜ。

もしジョニィが無茶しようとしたら何としてでも止めてやりたいし、
脚が思うように使えねーから、そのことであいつが困ってたら誰より先に手を貸してやりたい。
もし危険な目に遭いそうになったら飛んで行って助けてやりたい。
そう、俺はジョニィをを大事にしたいんだ。

もちろん故郷のことを忘れた訳じゃあないぜ。
きっと助けてやるって決めてる。
そのためにここまで来たんだ、そう簡単に引き下がってたまるか!

しかし、それとこれとは違う感情だ。
あっちは義務感と正義感からくる、いわば『法務官としての俺』が望んでいることだ。
だが『ジャイロ=ツェペリ』という個人が望むのはジョニィ=ジョースターの傍に居て、
下らないことを言いあったり、あいつの親友として手助けをすることだ。
全く違う感情だが、どちらも大切にしたい。


だけどこのレースが済んだら、俺たちはどうなるんだ?
俺には故郷へ帰ってあの子を助けるという義務がある。
あいつの口ぶりでは実家に帰る気はあまりないらしい。
ならばあいつは一体どこへ行くのか…

もし、行く所がないなら、俺と一緒に来るつもりはないかと誘ってみよう。
ここで別れてしまいたくはない。
これからもずっと隣に居たいし、居てほしいと願ってしまう。

この先おそらく今まで以上に辛い旅路になるだろう。
きっと命懸けの闘いを幾つも越えていかなければならない。
だが俺たちならきっと到達出来るだろう。
いや、絶対にレースに勝ち、遺体を手に入れるということを実現してみせる。
ジョニィと二人できっと平和な時間を過ごす。

決意を新たにしたら何やら満足出来て、ようやく眠気が襲ってきた。
これでやっと眠れる。と言ってももうほんの三十分程度の事だが。

ちらりと見た星空はいつもより輝いて見えた。
少し恐ろしい気がした。



なぁ、ジョニィ
俺はお前が本当はメチャクチャ寂しがり屋だって知ってる。
でも大丈夫だ。
どうしてかって?
そんなの決まってる。
これからはずっと俺が隣に居るからだ。
だから、安心して良いんだぜ…!