もう何もかもが嫌だ。消えて無くなってしまいたい… あぁ、信じられない。 どうして僕がこのような気持ちにならなければならないのか…。 承太郎の事を考えると僕はもう、他の事などどうでも良くなってしまう。 本当の事を言えば、承太郎に救われた日から僕は彼のために生きているのだ。 彼に愛想を尽かされればそれまで。自ら存在することをやめるだろう。 つまり自殺だ。これを実行するのは実に簡単なこと。 自分の親友を使うのは少しだけ気の毒だけど、ハイエロファントはとても従順だから僕の命令に逆らうことは無い。 僕が苦しみから解放されるんだから彼にとっても、喜ばしいことだろう。 僕が承太郎に会ってから、まだ少ししか経っていない。 だけれど僕は彼を心から愛していて、彼もまた僕を「愛している」と言ってくれた。 嬉しくて狂いそうで、そう言われたときは彼の言葉の意味が理解できなかった。 しかし僕の中で、僕の人生の最初で最後の愛するべき人間だと何かが僕に告げていた。 だから、僕は彼だけのために、危険も承知でこの旅に同行した。 ≪彼の傍に居たい≫ ただそれだけの理由で。 それなのに・・・それなのに承太郎ときたらッ!! 恋人同士らしいことはほとんどしてくれないし、変に余所余所しいと言うか、 他の仲間達に接する態度と僕への態度が違いすぎる。 もちろん良い意味で、ではない。 実のお祖父さんなのだからジョースターさんは仕方ない。 だけれどポルナレフやアヴドゥルさんと談笑する彼を見た後で、 僕にほぼ無表情で話しかけられると酷く歪んだ暗い気持ちになる。 仲間である二人を憎らしく思うし、 一般人であっても彼に微笑みかけられた人間は殺してしまいたくなる時がある。 自分でも心の狭い人間だとは思うがどうしようもない。 今、この時だってそうだ。 夕食を摂るためにホテルのレストランに居るのだけれど、 承太郎は先程から一度も目を合わせようとはしないし、話し掛けても来ない。 席もポルナレフを挟んだ隣で話し辛いのは分からなくもないが、 ポルナレフとずっと何か語り合っているのだから、そこに僕を入れてくれても良いんじゃあないのか? 普通の会話にも入れて貰えない。話題も解らない。 年長組二人はこれからの予定についての話で盛り上がっているし、そのようなことを考える余裕も無い。 だから集団の中で一人孤独を感じている今の僕は自分の中に潜るしかない。 彼に話しかけられているポルナレフが憎い。 いや、彼が何も悪くないって事は十二分に解っているよ。 だが胸の中で渦巻くこの苦しみはドス黒さを増して熱を持った。 それなのに頭ばかりがやけに澄んでいて悪いことばかりを考えてしまう あぁ、自分がこんなにも独占欲の強い面倒な人間だとは思いもしなかった。 いっその事、ハイエロファントを彼の中に潜ませて操ってしまおうか? それとも寝首を掻いて殺してしまおうか? 「…はぁ。」 もうどうでも良い。考えるのも面倒だ・・・ 出来もしない、その上実際に彼を殺そうなどとは思いもしないのだから。 僕はこれ以上彼の事で頭を悩ませることをやめて、食事を摂るのもそこそこに一人先に夕食の席を立った。 ジョースターさんはとても心配してくれて承太郎について行くようにと言ってくれたが、僕は断った。 か弱い女性や子供、病人やケガ人ならまだしも、僕はただ一人になりたいだけなのだ。 しかもその悩みの原因そのものについて来られてはここを離れる意味が無くなってしまう。 「心配していただいてありがとうございます。ですが僕なら大丈夫です。 少し食欲が無いだけですよ。ぐっすり眠れば明日にはきっと回復しますから。」 皆を安心させるように言って、僕は承太郎と目を合わせることなくレストランを出た。 今は身体の中に不満や怒りが満ちていて、彼の冷たい瞳で無感情に見つめられでもしたら、 自分がどうなってしまうか分からなかったからだ。 プッツンするかもしれないし、いきなり号泣し始めるかもしれない。 とにかく今は目を逸らすことで自らの感情を押さえた。 部屋へ戻ると、僕はまずシャワーを浴びた。少しでも気分転換になれば、と思ったからだ。 しかし独りになったらなったで、思考を邪魔されなくなり、余計に色んなことを考え始めてしまった。 頭からシャワーを流し続けてぼぅっと思考に耽る。 (初めて会った時も女の子たちに付き纏われていたな)とか、 (そういえば、あそこの店員は承太郎に熱い視線を送っていたようだった)とか。 下らない、実に下らなくて他人にとってみれば本当にどうでも良いこと。 しかし、それが気になってどうしようもないのだ。 こんな事をウジウジ考えている自分が疎ましくなってきた。 『あぁ、僕は僕が嫌いだ。』 僕の内の一人は寂しそうに言った。するとまた別の僕が 【何を今更!この人生ずっとそうだったじゃあないか。】 皮肉な笑みを浮かべてそう言った。 …そうだったかな。 最近は、そう、承太郎に会ってから僕は彼に認めてもらえるよう努力した。 そして彼に好きだと言ってもらえた。だから自分を嫌いではなくなっていたような気がする。 だけれど今、彼に素っ気なくされてまた昔に戻ってしまった。 このままでは他の人と、巧く接することが出来なくなってしまうかもしれない。 これではいけない、と分かっていてもどうすることも出来ない。 「いっそ死んでやろうかな。」 湯気で煙る浴室で呟いたこの一言は、思った以上に響いて驚いた。 その上、いきなり抱き締められてキスされたから僕はパニックに陥った。 「ん、んぐ―ッ!」 「許さねぇ・・・絶対にお前を死なせてなんかやらねぇッ!!」 承太郎があの美しい緑色の目をぎらつかせてそう言うものだから、僕は捕食される動物のように逃げ出したくなった。 【ここに居ては喰われてしまう。早く逃げ出さなくてはいけない!】 しかし同時にこうなることを望んでいたように思えてきた。 『もっと僕を見てくれよ!その目に睨み付けられるとゾクゾクするんだ。』 どうしたら良いのか分からなくなって来て僕は承太郎の学ランを掴んで泣き叫んだ。 「何で僕を見ないんだッ!どうして話し掛けてくれない!?もっと僕を安心させてくれよ! 僕は、君の事が好きで、好きで仕方が無いっ…て言ってるじゃあないかッ!気、色悪いならそう、言ってくれよ! 避けられるより、期待するより、その方がずっと…ずっとマシだッ!!」 泣きながら叫んだせいでブツ切りの言葉になってしまったけれど、承太郎には伝わったらしい。 濡れて頬に張り付いていた前髪を梳いて僕の顎を捉えると、もう一度深い口付けをした。 「ふっ・・・んむ、はぁ、ん…」 キス一つで大人しくなってしまう自分が情けない。 承太郎はシャワーを止めると僕にバスローブを着せて抱き上げた。 そのままベッドへ連れていかれてそっと降ろされた。 「俺だって不安に思っていた。」 僕のせいで濡れた学ランと帽子を脱いで椅子の背に掛けると、 承太郎はもう一つのベッドに向かい合う形で腰を掛けた。 「お前を見たら平静で居られなくなる。声を聞いたらその動く唇にキスしてやりたくなる。 他の奴と楽しそうに話している所なんぞ見たくも無い。だからポルナレフの意識をオレに向けておいた。 お前の事に必死になっている俺を他の奴らに見せるわけにはいかねぇ。だから普段通りを目指していたつもりなんだが…」 僕はどうしたら良いのだろうか? 何と言って彼に応えたら良いのだろう? 「承太郎、なぁ、僕は」 「愛してると言ってるだろうが!!」 彼が赤くなる所なんて本当に稀だ。 だがそれ以上に嬉しさが勝って僕は承太郎に飛びついた。 「あ、ありがとう、もう死ぬなんて勿体無いことしないよ! …でも、出来るならもっと恋人らしくしてくれないか。」 「・・・分かった。」 なんてことだ!こんなにも幸せで良いのだろうか? さっきまで鬱々としていたのが嘘みたいだ。 本人に直接言えば良いということをすっかり忘れていた。 機会は無かったが、決して不可能だったわけではない。 僕らはキスをしてもう一度、愛を囁き合った。 変に可笑しくなって来て僕は笑った。 「やれやれだぜ」と云いながらも彼の表情は柔らかかった。 翌朝、僕らは寝坊した。 その理由は、察してほしい。 「あぁ、これもみんな君のせいだ!」 「お前が甘えてきたのが悪い。」 「バカッ!もう、君、開き直るって決めたのは良いけど、そう明け透けに言われると…」 「典明、愛してるぜ。」 「分かってるよ!」 部屋を出る前に啄ばむようなキスをして皆が待つ車へ急いで駆け出した。 |