7年後、改めて。





露伴は27歳とは思えないほどガキ臭い所がある。そしてとてつもなく鈍い。
と言うよりは、他人の心情など考えない、と言う方がしっくりくる。
あぁ、分かってる。分かってるぜ、頭ではな。
だがあの愛しの先生ときたら俺という恋人が在りながらどうしてか康一の家に転がり込んで暮らしている。
オイオイ、一体これはどういう状況なんだ?誰か教えてくれ。

「リアリティ」の為だけに山を6つも買い占めた露伴はつい最近その土地の大暴落により破産した。
住む所も何も無くしたって、そんな危機に陥ったらまず恋人であるこの俺に相談するべきじゃあねぇのか?
それより何より俺が気に食わねぇのは、俺が何度言っても露伴は俺の部屋に移って来てくれねぇってことだ。


言ってなかったが俺は大学に入るのと同時に一人暮らしを始めた。
俺にべったりだった両親は嫌がったが俺は自由が欲しかった。
何より、いつでも露伴を呼べる場所が必要だった。
頑として譲らなかった俺に両親もついに折れて、晴れて一人の空間を手に入れた。
それから4年が過ぎて、今ではもう露伴が部屋に来ることも珍しくなくなった。
露伴の気に入ってる食器や小物が部屋の至る所にある。
そう、俺の部屋には露伴の存在の破片がある。

それなのに何故、俺じゃ無い他のヤツの所へなんか行っちまうんだ…!
オレはそれがどうしても納得いかねぇ。
恋人が困ってる相手のために出来る事なら何でもしてやりたいと思うことは間違っていると言うのか?
そんなことは無いハズだ。いや、そんな馬鹿げたことがあってたまるか!!

俺はそれほどまでに頼りないヤツに見えているのだろうか?
俺は俺なりに常に少し先の事を考えて行動しているし、就職先も決まった。
あとは卒論を出すだけだ。(それも大方の目途はついている。)
16の時から自分の力で生きているアイツにしてみれば、俺なんてのはただの甘ったれのガキなのかもしれない。
まぁ、親の脛をかじって暮らしているのだから何も言えないのだが…。


露伴は良いよな。他の総てを犠牲にしてでも打ちこめて、世間に認められたモノがあるんだからよォ。
正に『漫画家』ってのは露伴にとって天職だ。
信念を持って書き続けてきて11年、【岸辺露伴】の名は日本では勿論、世界にも広まりつつある。本当にスゲーよ。
ひたむきで、頑固で、意固地になる時もあるが、仕事に対する熱心な姿勢はとてもカッコイイ。
犯罪まがいの事も平気でやっちまうのは困りもんだが、大変魅力的だ。
マジで仕事モードになると露伴は見る度いつも惚れ直しちまうほど真剣で研ぎ澄まされた雰囲気を放って美しい。
羨ましいぜ、まったく。俺ときたら周りに流されるまま大学に進んで、毎日をそれなりにのらりくらりと過ごして、
気付けば就職活動の時期で「高収入の仕事」ってのを選んで今日に至る。
あれがしたい、これがやりたい、なんて物は俺には無い。


…言ってたらマジで情けなくなってきやがった。
アイツ等だってしっかり自分の道を選びとって歩いてるってのに…。


仗助は高校を卒業すると地方公務員試験を受け警察官になり警察学校に入った。
「この街は俺が守る!」って意気込んでいた。今では立派に杜王町の「お巡りさん」だ。
毎日楽しそうに町内を奔り回っている。

億泰の方は高校卒業とともに就職して工場で働いている。
バカな奴だが素直で一生懸命な所が好かれて可愛がられている。

康一は彼女の由花子と同じ大学で相変わらず、お互いしか見えてねぇ様なベタベタぶりを見せつけてくれている。
傍迷惑なカップルはいつ結婚してもおかしくないほどに愛し合っている。
康一は大手企業に就職が決まって、由花子の方は…どうだったか、案外「嫁入り修業」だったりするかもしれねぇな。

由花子の事は良い、康一だ。

露伴が唯一、親友と認めている男だ。
高校時代より背は伸びたが相変わらず身長は高くない。
童顔のせいか幼い雰囲気を持つ男だが、
覚悟を決めると誰よりも冷静に状況を判断してイザという時とても頼もしいヤツだ。
露伴に説教できるのなんざ康一しかいねぇよ。
それにあのヒステリックでヤンデレな由花子を包み込める包容力のある男。
こんなムカつくほど出来たヤツに俺なんかはどうせ敵わない。
だから露伴も康一の家へ行ったんだろう。

分かってる、分かってるって。
でも…よォ。何で康一なんだよ!!
どうして俺じゃ無い!!?
いくらなんでも恋人を無視、は酷くねぇか?!
康一さえ居なけりゃあ俺の所に来るに決まってるってのに。

矛先がズレていくのは気付いていたが、俺には今それを元に戻したり悪く思ったりする心理的余裕はない。


今日は朝からずっとイライラしながら露伴を待っている。
何とか言いくるめて、今日露伴をこの部屋へ呼ぶことが出来た。
約束は3時のハズなんだが、今時計は4時10分前を指している。
自分からこの時間が良いと言っておきながらどうしたと言うんだ?
まさかとは思うが事故にでも…?
あぁ〜〜〜〜…マジで心配になって来た。


ハイウェイ・スターに探させようかと考えているとインターフォンが鳴った。
間延びした音が鳴り終わる前に慌てて出れば案の定露伴で、俺はすぐにオートロックを解除した。
露伴がエレベーターを使って5階にある俺の部屋まで来るのがウンザリするほど長く感じた。
合鍵を使って部屋に入って来ると、俺は急いで玄関からリビングに繋がるドアを開けた。

「遅かったじゃあねぇか、お前らしくもない。どーしたんだ?」
「ん?あぁ、ここへ来るのに荷物をまとめて…と言っても荷物はこのかばん一つに入ってしまうんだが、
  康一君のご家族に挨拶して来たんでな、少し遅くなった。」
「荷物…?」

そう言われてみれば、露伴は大きなボストンバッグを一つ手に提げていた。
それに、今露伴は何て言った?挨拶…?

「何だ、その顔は。僕が居ては邪魔か?」
「ンな訳ねぇだろ!!っつうか何でいきなり…この間まで嫌がってたくせによォ。」

俺は相談してもらえずに事が進んでしまったことに納得がいかなくてついそう言った。
露伴はムッとしてそっぽを向くと捲し立てるように、大げさに手を動かしながら言った。

「別に、お前のところに来たくて来たんじゃあない!これ以上康一君の家に迷惑をかけられないからだ。
  彼も、彼の家族も別に良いと言ってくれたんだがね。『親しき仲にも礼儀あり』と言う言葉があるだろう。
  だから他に行く当ても無いからお前の所へ来ただけだ。康一君の家で読み切りの作品は仕上げて担当にも渡した。
  …金が入ったら出て行ってやるから安心しろッ!」

自分で言っておきながらそんな顔するなよ。
後悔するような顔で沈黙する露伴に俺は声を掛けた。

「悪かった、そんなに怒るなって。お前が居て俺が嫌なわけねぇだろ?ずっとここに居てくれよ。
  誰の為にこんな何部屋もある広いトコに住んでると思ってんだ。あいてるところは仕事部屋にしてくれて構わねぇから。
  …来てくれてマジに嬉しい。待ってたぜ、露伴。」

露伴は見る間に顔を染め上げて、それでも決して俺の方を見たりせずに言った。

「…待ってないで迎えに来いッ!」

俺は面喰って一瞬、思考が止まったがすぐに謝った。

「ワリィ。ありがとな!」
「フンッ!」

真っ赤になった露伴を俺はギュウッと抱きしめた。
露伴は大人しく俺の腕の中に居て、おずおずと背中に腕を回してくれた。
さっきまでの沈んだ気分はどこかへ行ってしまった。(自分でも現金なヤツだとは思う。)
俺は今スゲー幸せだ…!
(ごめんな、康一。)
八当たりで「コイツが居なきゃ…」なんて思っちまったことを心の中で謝る。
お前と由花子の事を「相変わらず」だと言ったが、俺たちも大概だよな…。

準備も何もしていない、心構えも無い、そんな状況だが『俺の部屋』での2人暮らしが幕を開けた。
ずっと願ってたことだけに喜びも一入だ。
いつか必ず「俺達の家」を手に入れたい。…いや、手に入れてやる。
好きなヤツと目標ってのはスゲーよな。
さっきまで『どーでも良い』と思っていた仕事が、急に『遣り甲斐がありそうだ』なんて思えちまうんだからよォ!

「露伴、俺頑張るから。」
「はぁ?いきなり何を言い出すんだお前は…。とりあえず世話になる。」
「おう、一生面倒見てやるぜ。」

露伴は「こっちのセリフだ!」なんて言ってたが、顔だけでなく耳まで赤くなっていた。
可愛くって仕方ねぇよ。