これは夢のような現実





「ねぇ…どうしよう。俺、お腹痛くなってきた…。」
「平気だって言ってるだろ?犯罪じゃあないんだ、もっと堂々としてろよ。」

な?と柔らかく微笑みかけられて、ジョセフは弱々しい笑みを返す。



普段は明るくふるまっているジョセフだが、実のところひどく心配症で泣き虫だった。
それを知っているのは母親であるリサリサことエリザベス=ジョースターと彼の恋人シーザーだけだった。
もう一人、彼の祖母であるエリナも彼をよく理解していたが、彼女は二年前に他界した。
彼女が亡くなる時も溢れそうになる涙を堪えていたジョセフは、彼女にとても優しい笑顔で
「笑って頂戴、泣き虫さん。」と言われて、泣き笑いの表情で彼女を見送った。

ジョセフはまた人一倍寂しがり屋でもあった。
幼いころに父を亡くし、母は考古学の権威として世界各国を飛び回っていた。
そのためエリナによって彼は育てられたと言っても過言ではない。
深い愛情を持って接してくれる祖母を不満に思うことなどなかったが、やはりジョセフは「両親」の愛をずっと欲していた。
心配を掛けまいと平気であると装ってはいても、内心では寂しさが常にあった。
月に一度会えれば良いくらいの機会しかなかったが、電話やメールのやりとりをしていたため母子の仲は決して悪いものではない。
だが昔から我慢することを心掛けてきたジョセフは素直に寂しいと口にすることが出来なかった。
しかしシーザーという恋人が出来てからは次第に甘えることが出来るようになった。
依存するつもりは毛頭なくても、互いが互いを求める想いは大きくなり、心を占める域は広がった。



今から二年と少し前、ジョセフはシーザーからプロポーズを受けた。
そして二人で生涯を共にすることを心に決めた。
半年後の夏、親たちに二人の想いを報告する場を設けた。
リサリサが帰国する時期とシーザーの父・マリオの予定を考慮してその時期になったのだ。
その時もジョセフは今日のようにソワソワと落ち着きが無く、少し青ざめた顔で心配しており、シーザーに慰められていた。
個室を取っての食事顔を兼ねたその日、二人は約束の時間よりも早く着きそれぞれの親が来るのを待っていた。
先に来たのはリサリサだった。前以て『結婚したい相手を紹介する』と伝えておいたため、彼女は到着するなりサングラスを取って聞いた。

「この方なの、ジョセフ。」
「うん、そうだよン。俺の、世界で一番愛する人、シーザー・アントニオ=ツェペリ。
  シーザー、この人が俺の母さんエリザベス=ジョースター。」

ジョセフの言葉を受けて、シーザーは改めて自己紹介をする。
それと同時に握手のための手を差し出す。

「初めまして、シーザーです。お会いできて光栄です。…相手が男で驚かれませんでしたか?」
「私は同性愛に偏見も嫌悪感も持ってはいません。
  それに、あなたは私の知人にとてもよく似ていて初めて会ったという気がしないのです。」

そう話しているとそこへ店員に連れられてシーザーの父・マリオがやって来た。

「遅れて申し訳ない…ッ!リサリサさん!?」
「ツェペリさん…!?」

驚いている親たちに、二人もまた訳が分からず戸惑っていた。
聞けば二居は同じ考古学の研究チームに居るのだという。
思いがけない偶然に流され、肝心なことが伝えられずにいた。
食事も半ばが終わり、シーザーは改めて気合いを入れ直して話を切り出した。

「エリザベスさん、父さん、改めて言わせてください。
  俺たちは2年前から付き合ってます。そして半年前、二人で生きていくことを決めました。
  この世で唯一の相手を見つけたのだと感じています。俺たち、結婚したいんです。
  許して、頂けますか…?」

暫し沈黙が流れた。
四人が四人とも何も言葉を発さず、食事をする手も止まり、ただその場は静まり返った。
その状況を打破したのはリサリサだった。

「私は、貴方たちが幸せであるのなら何も言うつもりはないわ。好きになさい。
  …突き放しているように聞こえるかもしれませんが決してそうではないのよ。
  ただ、どうやって母親らしくすれば良いのか分からないだけなのです。」

そう語った彼女は優しさと寂しさのない交ぜになった表情で微笑んでいた。
それを見てジョセフは瞳に涙を溜めてふるふると首を左右に振った。

「そんなことないよ!母さんはいつだって優しかった。
  忙しいのに誕生日や記念日には必ず帰ってきてくれた。
  …それに俺、母さんを母さんじゃない、なんて思ったこと一度もないッ!!」

その言葉を聞いたリサリサは静かに目を閉じて、ただ「ありがとう」とだけ言った。
黙って見守っていたマリオも思わず涙ぐんで、目元を抑えながら言った。

「私も反対はしない。
  ジョセフ君はうちのシーザーには勿体無い程の良い子だと今までの短い時間でも分かったよ。
  …しかしまだ早いのではないかと思う。
  状況もそうだが、社会もまだ追いついていない部分もある。
  リサリサさん、貴女はどう思われますか?」

話を振られて彼女も思案顔だったが、しばらく考えた後にこう発案した。

「そうですね。二人ともまだ学生ですから。シーザー君は今年卒業を控えていますがジョセフはまだ一年あります。
  早くてもジョセフの卒業後、ということでどうでしょうか?」
「やはりそれが良いでしょうね。」

反対される事を覚悟していた二人は、驚きに目を見開いて互いに顔を見合わせていた。
そして恐る恐るシーザーは聞いた。

「良いんですか!?本当に…俺たちが結婚しても?」
「それが二人の幸せなのでしょう?」
「「はい…!」」
「ならば私が言うべきことは何もない。…まぁ、二人が卒業するまではまって欲しいと思うが。」
「私も同じ思いです。…宜しいですか?シーザー君、ジョセフ。」
「ありがとうございますッ!!」
「ね…どうしよ、嬉しくて泣けてきた……。」
「泣き虫ね、相変わらず。」

涙をあふれさせたジョセフに、リサリサは優しく笑い掛けた。
その彼女の瞳にも涙が光っていた。
全員が笑顔になり、難関と思われていた報告会はとても和やかに済んだ。
それだけではなく家族の絆をも深めることとなった。




そして今日、シーザーとジョセフはめでたく結婚する。
近しい人たちと親友だけを集めて、小ぢんまりとした教会で行う小さな式だ。
控室では綺麗に着飾った二人が緊張しながら式の始まりを待っていた。
シーザーは銀糸の刺繍が美しい白のタキシードを身に着け、
ジョセフの方は純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
選ぶときは恥ずかしいと言っていたジョセフだったが、
試着をしてシーザーとリサリサにべた褒めされ懇願されては断るに断りきれず、
しかしジョセフ自身「これも悪くは無い」と思い直してこのドレスに決めた。
二人ともとてもよく似合っていた。


そこへドアがノックされ係の者がシーザーを呼びに来た。
最後の確認が始まる…ついに式が始まるのだ。
シーザーはもう一度微笑んでジョセフを抱きしめてから部屋を出て行った。
それと入れ違いにリサリサがやって来た。

「良く似合っていますよ。…顔色が悪いようだけれど?」
「…うん、なんか緊張しちゃって。」
「胸を張って堂々としてらっしゃい。貴方たちは祝福されて結ばれるのだから。
  それにしても、早いものですね。もう二年が経ってしまったのだから…」

感無量というように微笑んだ彼女の笑顔は、今まで見たどの表情よりも優しく愛しみに溢れたものだった。
ジョセフは居住まいを正すとこう言った。

「母さん、今までお世話になりました。深い愛情を注いでくれてありがとうございます。
  いつも忙しくてあんまり会えなかったから、昔はそれこそ寂しくて辛いと思ったこともあったけど、
  いつだって母さんは綺麗でカッコ良くて、頼りになる俺の自慢の母さんです。
  今日からはシーザーと二人でこれまで以上にもっと幸せになります。
  これからも見守っていてください。…母さん、大好きだよッ!!」

最後は泣きそうになるのを我慢していたため、ジョセフの声は震えていた。

「貴方はいつまでたっても私のかわいい息子よ、ジョセフ。
  シーザー君と仲良くね。…私も大好きよ。」

ジョセフを抱きしめながらリサリサはそう言った。
二人はそのまま抱きしめ合いながら式の始まりを待つ。
本来なら花嫁を新郎に託すのは父親の役目だが、リサリサがその役をすることになっている。
コンコン、と控えめなノックがされて声が掛る。

「お時間です。皆さんの待ち兼ねですよ!」

その言葉に二人はしっかりと腕を組んで部屋を出る。
いよいよその時が近づいた。



「汝シーザー=アントニオ=ツェペリはジョセフ=ジョースターを妻とし、
  病める時も健やかなる時も共に生き、死が二人を分かつまで妻を想い、愛することを誓いますか?」
「はい。」

「汝ジョセフ=ジョースターはシーザー=アントニオ=ツェペリを夫とし、
  病める時も健やかなる時も共に生き、死が二人を分かつまで夫を想い、愛することを誓いますか?」
「はい。」

「それでは誓いのキスを。」


ジョセフの凝ったレースが美しいヴェールを持ち上げると、シーザーは「愛してる」と囁いてキスをした。
教会中に二人を祝福する鐘の音が響き渡る。
その音は澄み切った空にどこまでもどこまでも登っていった。