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どこへ行っても赤やピンクのハートやリボンが目に入る。 (あぁ、もうそんな時期だったっけ。) 僕は改めてずっと家に居てばかりではいけないな、と反省した。 ここ数週間、必要最低限以上家から出ないで生活していたのですっかり世の中の行事なんか忘れてしまっていた。 そうもうすぐヴァレンタインだ。お菓子メーカーの策略にまんまと乗せられた人々が今年も色々な想いと共にチョコレートを渡す。 夢の無い言い方かもしれないが、僕にはその程度の思い入れしかない。学生時代も貰ったことなんてないし、欲しいと思ったことも無い。 こんなことを言うと負け惜しみのようだけれど、承太郎のうんざりした顔を毎年見ていると(モテなくって良かった。)と思う。 承太郎にあげようかな、なんて考えたこともあったけれどそもそも彼はあまり甘いものは得意じゃないし、そのような顔を見ては渡す気になれない。 「今年は逆チョコ!男性から贈るのはいかがですか?」 そんな言葉を叫びながら店員たちは忙しそうにしている。 そこで材料を選んでいる女性たちは楽しそうであり、また真剣な表情をしていた。 彼女たちの様子を微笑ましく思いつつ僕は騒がしい街を後にして帰路へ着いた。 数日後、その日はヴァレンタインデーだった。僕はその日も家で仕事をしていた。 承太郎が今日は早く帰れそうだと言うメールを送って来た。 それなら今夜はビーフシチューの予定だから早めに夕食の支度をしなくてはと僕はキッチンに立った。 もう少しで出来上がる、と言う時に今年もうんざりした顔で承太郎が帰って来た。 とても良いタイミングだ。 「お帰り、承太郎。もうすぐ出来るから待っててくれ。」 「分かった。何か手伝うことは?」 「ん〜、無いかな。ありがと。」 「おう。」 僕は夕食を食べながら今年の承太郎の人気ぶりはどうだったのか聞いた。 「今年もたくさん声を掛けられたのかい?」 ニヤニヤして言う僕をじろりと見て承太郎は答えた。 「あぁ、全くやれやれだ。今年もすべて断ったがな。」 「可哀想に!でも僕としては嬉しいよ。」 ノォホノォホ笑う僕を見て承太郎はやれやれ、と肩をすくめた。 そして片づけが済んで僕が居間に行くと承太郎がすべて断ったと言っていたのにも拘らずチョコレートらしき包みを持ってソファに座っていた。 どうしたのだろうか、と思って近付いていくと承太郎が僕にそれを差し出して言った。 「逆チョコが何だとか言っていたんでな、買って来た。」 「え……えぇ――ッ!!」 「何だ、お前の好きなチェリーだぞ。」 見当違いの言葉と共に手渡された包みを受け取って、それと承太郎の顔とを交互に見比べて僕は状況を飲み込むとじわじわと赤くなってしまった頬をそのままにお礼を言った。 「あ…ありがとうッ!」 「おう。」 承太郎はとびきり恰好良い笑みを浮かべて答えてくれた。僕はますます顔が熱くなった。 ソファに並んで腰かけて包みを開けると、さくらんぼのリキュール漬けにチョコレートがコーティングされている何とも綺麗でおいしそうなチョコだった。 「食べても良いのかい?」と聞くと「お前以外にだれが食うんだ?」と逆に聞かれてしまい、僕は「いただきます。」と言ってそれを口に入れた。 レロレロレロレロレロレロレロレロ…… 「おい…。」 「ん?ふぁんらひ?(なんだい?)」 「……いや、何でもねぇ。」 承太郎は何か言いたそうにしていたが、僕は今チェリーに夢中だった。 バレンタインなんてどうでも良いと思ってたけど、好きな人に貰うのはなかなか、いや、かなり良いものだね。 来年は僕も何かしようかな。「やれやれ。」と言われるのを覚悟の上で。 |