追憶




(どうして俺はコイツをあれ程までに欲しがったのだろうか。)
ジョナサンが死んでしまった今になって、そう思う。
今更そんなことを考えても遅いというのに。



首だけになりながらも生き延びた俺は、ワンチェンという忠実な下僕の御蔭でジョナサンと憎きエリナの乗る豪華客船にもぐりこむことが出来た。そして吸血鬼を作り出し大混乱を引き起こした。 あの正義感の強い男のことだから必ずやってくるに違いない、と確信していた。そう、確信していたのだ。あの時の俺にはアイツの考えることをすべて理解できるような気がしていた。そして、あの女になぞジョナサンを決してやるものか、とも強く思っていた。 それだけではなく、ジョナサンの目の前でエリナを殺してやるつもりでいた。絶望と怒りに満ちたその顔を見たいとさえ思った。我ながらずいぶんと歪んだ感情だと思う。しかし残念なことに現実は上手くいくものではなく、ジョナサンは死に、エリナは生き残った。

信じたくはなかったが、俺の頭部を抱いた身体は脈打っておらず、口惜しくなって俺はその身体を奪った。俺の代わりに落ちた首を抱え、この船に乗り込む際に使った棺に何とか身を潜めた。その時になって、アイツの身体はこれ程までに大きかったのか、と驚いた。首周りの太さからして違い、繋ぎ目はとても可笑しなことになっていた。無理やり組織を繋げて身体を動かしたのでかなり見っとも無い動きをしていただろう。

棺の中は静まり返り、新しい身体と、ジョナサンの首しかない。暗闇でもしっかりと見えるこの深紅の瞳で、俺はジョナサンの頭部をまじまじと見つめた。
…あぁ、やはり美しい。他のどの生物よりも、この男は美しい。

やっと、俺は手に入れた・・・のだろうか?

違う。俺は何一つとして手に入れてはいない。ただ、この男の抜け殻を手に入れただけにすぎないのだ。
それにしても、何故あの時ジョナサンの肉体に乗り移ろうと考えてしまったのだろうか。この男の居ない世界など、何の意味も、少しの興味も、価値さえも無いというのに。

あぁ、一体どこで間違えてしまったのか?
そもそもの始まりがもうすでに間違いだったのやも知れない。
貴族の養子になぞならなければ良かったのか?
それとも、自分を抑え込んで「良い子」のままジョナサンにも接するべきだったとでも…?

だが俺はジョースター家に貰われ、ジョナサンに出逢えたことは幸福だと感じている。
それまでは母への想いと父への恨み、毎日の生活のことで頭が一杯で、人生など所詮つまらないものだと考えていた。そして、辛いものだとも。

しかしアイツに出逢ってからというもの、少しも退屈しなかった。腹の立つことは多かったが、自分の実力、才能を遺憾なく発揮し、能力の釣り合う誰かと競い合うということは俺にとって初めてのことであり、とても楽しかった。ジョナサンというライバルが居たからこそ、俺は常に上を目指し己を高め続けることが出来た。そのような相手に巡り合える人間はこの世に何人いる?全身全霊を掛け競い合い、争いあい、魂を揺さぶりあい、命を削り合えるような相手に出逢える者は。大学時代、スポーツでは相手の行動が手に取るように分かり、先回りして絶妙なコンビネーションをきめた。その回数が増え、理解できているのだとういう実感が増すごとにアイツの全てが欲しくなった。他の誰でもない、このディオだけを見て、注目し、関心を払い、警戒してジョナサンが生きることを願った。全く醜い独占欲だ。今、静かな隔絶された世界の中で冷静に考えてみれば簡単に分かることだった。

そうなのだ。俺は、ジョナサンを   愛していたのだ。 

唯一、本当の自分を曝け出せる相手。唯一、自分を偽らずに済む相手。アイツはいつだって真剣に、熱く、真正面からぶつかって来た。そして本気で、心からの感情を向けて来た。
取り巻きは大勢いたが、心を許せる相手など誰一人として居はしなかった。
それほどに大切な存在に俺は…!

アイツを近くに置いて、身近に感じていたいと思うのに、逆に遠ざけ警戒させるようなこと、嫌われるようなことばかりをしてきた。我ながら無様だ。しかも今更になって気付くとは…つくづく呆れたヤツだ。
覆水は盆に返らず、後悔するにはもう遅すぎる。お手上げだ。

俺は長く深い息を吐いた。馴染まぬ身体はギシギシと不調を訴えている。ジョナサンを、正確にはその肉体を手に入れた今、俺は今までにない消失感と満たされなさを味わわされている。心に穴が開く、というのはおそらくこのことを言うのだろう。

「なぁ、ジョナサン。この俺を憐れと思うか?それとも良い気味と、自業自得と嗤うか?」

安らかな死に顔のジョナサンに尋ねてみても返事は当然無く、静寂が続くのみだった。俺は言いようのない虚しさを感じてジョナサンの唇に口付けた。死の匂いと味が、した。

「なぁ、ジョナサン。俺は後どれ位でお前のもとへ逝く事が出来るだろうなァ?百年か?五百年だろうか?…あぁ、そうだ。お前のことだから『天国』とやらに居るのかもしれんな。だとしたら、俺には終に逝く事は出来ぬやも知れんな…」

俺の言葉も誰へ届くという訳でなく…
仕方なく俺は目を鎖じ、眠りにつく。いつ目醒めるとも知れぬ、永い眠りに。