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「うぅ…い、嫌だ…助けてく、れッ!」 「典明、典明ッ!目を覚ませ!!」 「恐いッ…う、あ、嫌だ!…承太郎?」 頬を軽く叩いて目を覚まさせる。 汗をかいて青ざめた顔で俺を見上げてくるその視線は未だしっかりとは定まっていない。 典明がこういった発作のような悪夢に魘されることはよくあった。昏睡状態から目覚めた後の半年間は特に頻繁に起きていた。 初めのうちはそれこそ毎晩のように魘されていたのだと医師に聞かされた。 PTSD―心的外傷後ストレス障害、というもので、心理学の専門家によるカウンセリングによって今では半年に一度か二度程度にその《発作》は減ってきている。 その状態になると典明は呼吸は浅くなり身体は痙攣し、爪を立てて自らの首を掻きむしる。起こしてやらなければ過換気症候群に陥ってしまう。 一人に出来ないのは勿論、俺が一人にしたくないがために寝るときは一緒だ。まあ、もとから恋人同士なのだからおかしなことは無いだろう。 今回の《発作》は久しぶりに酷いものだった。大雨が降る夜は特に起こりやすかったが昨晩は滝のような雨が夜中近くに降ったのだ。 典明が寝返りを繰り返し始めた辺りで俺は妙な胸騒ぎがして目を覚ました。そうしたら案の定、魘され始めた。 見ている方が苦しくなるような様子ですぐに覚醒させた。何度も経験しているが、いつも代わってやれたらどれほど良いだろうかと思う。 傍にあったタオルで汗を拭ってやり声を掛ける。 「典明、もう大丈夫だ。お前はどこも傷ついていない。ゆっくり息を吐け…そうだ。」 「ふぅ…承太郎…ごめん。」 「謝るんじゃあねぇよ。…俺の居る時で良かった。…水は?」 「ん、頼むよ。」 寝ているように言い置いて水を持ってくるためにキッチンへ向かった。 ミネラルウォーターをグラスに注ぎ、固く絞ったタオルと共に持っていく。 起き上がるのを手伝って枕をクッション代わりにあてがってやる。 「ありがとう…もう平気だよ。」 「俺にまで遠慮するこたぁねえっつってんだろ。…良いから飲め。」 済まなそうに弱々しく笑うと典明はグラスに口をつけた。 もう2年も経っているのに、と思わなくもないがそれほど酷く恐怖や苦しみを味わわされたということなのだろう。 本当に代わってやりたいと思う。何故このようなことに…いや、考えても仕方のないことだ。 グラスをベッドサイドのテーブルに置いた典明に先ほどの濡れタオルを渡してやる。 それで首筋などを拭うと多少はすっきりしたのだろう、少しだけ顔色も良くなってきた。 「アハハ…駄目だな。やっぱりまだ恐いんだ。」 「気に病むことは無い、そう医者にも言われただろうが。」 「それは、そうだけど…。」 俯く典明の寝乱れた髪を梳いて後ろへと流してやる。このような時に掛けるべき言葉を見付けられない。 何か言ってやりたくて口を開いても出てくるのは月並の言葉ばかりで、そんな自分にうんざりする。 それなら何も言わなければ良いのかもしれないがそれも出来ない。 「お前が悪いんじゃあない。焦る必要は無いんだ。」 「うん、分かってる。分かってはいるんだけどね…自分が情けなくて。」 「ゆっくりで良いんだ。…俺に世話、焼かせてくれよ。」 「―ッ!!君ねぇ!プロポーズだよ、それじゃあ!」 「イヤ、なのか?」 「全然ッ全く!むしろお願いします!!」 身を乗り出して大声で言った典明の顔がいやに真剣で思わず笑ってしまった。 「な、何さ!」 「いや、可愛かったからつい、な。…ずっと傍に居させてくれないか?」 「僕の方こそ!…一生君の隣に居させてください。」 一緒に暮らしておきながら今更なことを真面目な表情で言い合って、顔を見合わせると二人同時に笑い出してしまった。 気恥ずかしいのと、改めて相手に想いを伝えられたこと、相手も自分を想っていてくれることが嬉しかった。 不良として恐れられ、硬派で通っていた俺が、だ。自分でも信じ難いが家族や典明の事となると弱いらしい。 だがそれさえも幸せな事だと思う。 相変わらず外は土砂降りで酷い天気だったが俺達二人にはどうでも良いことだ。相思相愛の恋人と共に生きる以上に幸せなことは無いだろう。 二人で一頻り笑った後、どちらからともなく口付けを交わし、抱き合うようにして布団に入った。 あと2,3時間で起きなければならないが、わずかでも典明の身体を癒すだろう。そうして2人深い眠りについた。 この日以来、典明が《発作》を起こすことは無くなった。 |