立ち眩む





(た……助けて…)

俺はグラグラする世界とどこへ落ちていくのかも分からない恐怖に
手を伸ばしたいと思っても伸ばせずにただ崩れ落ちそうになり、声にならない助けを求めた。
立ち眩みにしては酷い。もう身体に力が入らないし床に激突する痛みを覚悟した。
しかしその痛みは訪れず、代わりに温かな腕が俺を抱き上げてくれた。

「しょおがね〜なぁ〜。イルーゾォ、また立ち眩みか?」

(ありがとう。) そう言いたいのに言葉は発せず、身体は思うように動かず、
ただその力強い腕にその身を預けていることしか出来なかった。
数分とも思える数十秒が過ぎてようやくグルグル回るのが収まったとき、
俺の視界には心配そうにのぞきこんで来るホルマジオの顔が大写しに映った。

「あ…ありが、と。」
「良いっての。けどよぉ、また倒れそうになってたのか?どっか悪いんじゃねぇか?」
「大、丈夫。昨日寝ずに報告書まとめてたからだと思う。」
「オイオイ、無理すんなってリゾットにも言われてんだろ?」

心配そうな顔に呆れたような表情まで混ぜてとても器用な男だと思う。
そんな目で見られたら「疲れた。」って甘えたくなってしまう。
こんなに温かい腕に包まれていたら抱いて欲しくなってしまう。

「本当に、もう大丈夫だから。…せっかく仕上げた報告書、出しに行かないと。」
「ん?じゃあ一緒に行くか。ちょうど俺も呼ばれてんだ。」
「うん。」

ホルマジオは俺の恋人。最初はただの頼れる親切な先輩、だったと思う。
だけど気付いたら俺はホルマジオのことばっかり考えてて、偶に褒めてくれるとき頭を撫でられるのが嬉しくて仕方がなくなってた。
ホルマジオは優しいから、俺がこのチームに入ってからずっと面倒を見てくれて、体調にも気を遣ってくれている。

俺は貧血の偏頭痛持ちで、その上に低血圧症だ。だからいつも一人ではなかなか行動しない。
…というより仕事以外はアジトか家に引きこもっている。
病院なんて嫌いだから出来る限り行きたくないけど、行かないとリーダーやホルマジオに怒られるから行かなきゃならない。
だけど最近は忙しくて忘れたふりをしていた。それが災いしてか今日のは酷いものだった。
支えてもらって立つと、ふらりと身体が傾いで、「しょおがねぇなぁ〜。」と頭を掻きながら言うと、ホルマジオは俺を軽々と抱き上げた。

「ふ、ふわぁ〜ッ!!お、降ろしてくれ!」
「一人じゃ歩けねぇんだ。大人しくしてろ。落っことしやしねぇから、な?」

「な?」ってそんな恰好良い顔で微笑まれたら俺は「うん。」って頷くしかないじゃないか。
きっと真っ赤になっちまってるんだろうな、俺の顔。恥ずかしい…
……で、でも…ホルマジオの匂いも好きだから嬉しい。

そうこうしているうちにリーダーの執務室について、俺は床に降ろされた。
ホルマジオの腕から離れるのが寂しくて、俺はまだフラついているのを装ってギュッと腕につかまった。
「どうした?」って聞かれても「寂しいから。」なんて答えられない。
「まだ足元、覚束ないから。」なんて言い訳してみる。素直に信じてホルマジオは「しっかり掴まっとけよ。」なんて言ってくれた。

コンコン、とノックするとリーダーが応えて俺たちは部屋に入った。

「リーダー、これ一昨日の報告書。ミスは無いはずだけどチェックお願いします。」
「分かった。…それにしても顔色が悪いな。病院には行っているんだろうな?」
「…最近忙しくて。」
「ホルマジオ…」
「俺かよ!?」

何故かリーダーはホルマジオを睨んだ。
俺の恋人はお決まりの文句を言って「今から連れてくよ。それで良いんだろ?」と言った。
リーダーは頷くと「帰って良いぞ。」とだけ言うとまたパソコンに向かってしまった。

「お〜い、リゾット。オレは何で呼ばれたんだ?」

するとリーダーは「もう終わった。」と言った。
どうやら俺が病院に行っていないのはバレバレだったようだ。

「それじゃ、今日は帰るから。…お前も根詰め過ぎんなよ。」
「あぁ。」

本当に聞いているのかどうだか分からない返事が返って来て、俺たちは溜息を吐いた。
ジョルノがボスになってからは仕事量も減ったし報酬も上がって安定した生活を送れている。
しかしリゾットはワーカホリックの気があるのか次から次へと仕事を取って来る。
先月の定例会議では明らかに畑違いの仕事にまで名乗りをあげようとしたのでプロシュートが直触りで大人しくさせたと聞いた。
あれであの二人も上手くいっているらしい。

アジトを後にして俺たちは病院へ向かった。
これが終われば今日はこれから半日フリーだ。
久々に恋人に甘えるのも良いかもな。