慣れか、馴れか。





今日はパッショーネの定例会議があった。
それぞれのチームの状況報告から始まり、チームの代表たちによる意見交換、
そして新しく増えた仕事の割り振りがあった。
そこでリゾットは二つの暗殺任務を受け、それではもの足りないと、
暗殺チームが出る必要もないような任務にまで立候補しようとしてプロシュートに止められた。
それでも結局、政界の要人とボスの会合の警護の任をもぎ取り、アジトへと帰って来た。

他のメンバーは今日は非番か出張でアジトには誰もいなかった。
常ならば騒がしい部屋は、誰が居た気配も感じられずガランとして静かで寒々しく感じた。
その部屋々々を通り過ぎて、二人はリゾットの執務室へと向かった。
リゾットは自らの執務机の椅子に座り、プロシュートはその机の上に腰かけた。


「なぁ、いい加減慣れたらどうなンだ?リゾットよォ……」
「……分かっている。だが、何も仕事がないというのも落ち着かない。お前は違うのか?」
「そりゃあ、ここ最近はめっきり仕事も減って副業ばかりやっているような気もするが、それは平和だってことなんだ。
良いことなンじゃあねぇのか?ギャングの暗殺者である俺が言うのもなんだがな。」
「平和、か……」


そこで言葉を切ったリゾットは考え込むように目を閉じた。
執務机の上に座っていたプロシュートは、眉間にしわを寄せている恋人の顔を見ながら、まったく仕方のないヤツだと溜息を吐く。

パッショーネがジョルノの支配下に置かれてからすでに半年が経とうとしていた。
ジョルノは言葉通り暗殺チームには格別の計らいをして、彼らは以前とは違い安定した収入と生活が保証された。
そしてジョルノのやり方が良いのか以前よりも問題事や事件は減少し、
暗殺チームが出向かなくてはならないような仕事もそう多くは無くなった。
それゆえ忙しくて出来なかった副業もメンバーそれぞれが再開し始めた。

ソルベとジェラートは二人でこぢんまりとしたバールを経営している。
プロシュートはモデル上がりの俳優として各界、メディアにて活躍している。
ホルマジオは料理の腕前を活かしてリストランテの厨房で働いているし、
イルーゾォもまた小さなホテルではあるがそこでドルチェを任されている。
メローネはブティックでコーディネートの上手い名店員として重宝がられている。
ペッシとギアッチョはそれぞれ高等学校と大学へ。
特にギアッチョは医学を学んでいるため毎日忙しそうにしている。

そしてリゾットはと言えば、プロシュートのマネージャーだった。
ギャングの世界に一般人を巻き込む訳にはいかず、ましてや事情を話すわけにもいかず、
かといって面倒臭がりのプロシュートが予定を管理して表の仕事をするとも思えなかったため、
初めからリゾットがマネージャーとして動いていた。



リゾットは不安だった。
半年前まではリスクが高い割に見返りは少なく、任務数は殺人的に多く扱いは酷かった。
それに比べて今は圧倒的に任務数は減り、その任に就いていない時は
『平和』や『平穏』と言った言葉が似合うような生活になっている。
ワーカホリック気味なのは自他ともに認めるところだが、あまりに差がありすぎてどうも落ち着かない。
他のメンバーはそれぞれ適応して裏と表の仕事を上手くこなしている。
プロシュートも例外ではない。

しかしまだリゾットだけは慣れずにいる。
そう、リゾットは『慣れる』ことではなく『馴れる』ことが恐かったのだ。
このままぬるま湯につかったような平穏な生活がずっと続き、
新たな支配者であるジョルノに飼い馴らされることを恐れていた。
それゆえに緊張感を忘れぬため、常に死に向かい合っていなければと、自ら厳しく残虐な仕事を引き受けたがった。
それに気付いていたのはプロシュートとソルベ・ジェラート・ホルマジオだけだった。

プロシュートは恋人が恐れていることが、実際に起きるとは思えなかった。
新しいボスは厳しい反面、任務を遂行する者達に対して敬意をもって対応する。
支配という名の統括はするが、飼い馴らそうと言う考えは無いようで、
むしろこちらからジョルノについて行きたいと思わせる何かがあった。


「ジョルノは信用出来ると思うぜ。」
「……何故だ。」
「俺の勘だ。」
「そうか。」


不安に思ってはいるが、リゾットもジョルノをボスとして認めているのだ。
この半年、新しい生活に戸惑いを感じつつも何とかやって来た。
そしてその戸惑いは次第に薄れつつある。
怠惰ということではなく、馴れと言うことではなく。

信じてみようか。

今ならそう思えるようになった。
昔からプロシュートの勘はよく当たる。
これで良いのかもしれない。


「……そうだな。もう、良いのかもしれない。」
「アン?」
「平和な人生、幸福を求めること、だ。」
「ハッ!当ッたり前じゃあねぇかよ、そんなこと!」


自信たっぷりに言い放った恋人に少しだけ目を見張って、何故だと問いかける。
するとプロシュートは見た者を魅了する強気な笑みを浮かべて言った。


「人生は精一杯楽しんで幸せになって死ぬもンだ!」
「暗殺者の俺たちもか?」
「決まってんだろ?殺した奴の分まで生きてやるンだよッ!」


(そうか、それで良いのか。)
リゾットは胸につかえていたモノが取れたような気がした。
実際にはまったく筋の通ってない言い分だが、鬱々として過ごすよりはいくらかマシだ。


「分かった。お前の言い分に乗ろう。……まず手始めに飯でも食いに行くか?」
「あぁ、それは実にいい考えだ!」


チーム内の仕事の振り分けはその後でも良い。
上機嫌なプロシュートの頬にキスを落として、リゾットは「Grazie, amore mio…」と耳元で囁いた。
たちまち頬を染め上げたプロシュートは照れ隠しに怒ったように「今日はお前のおごりだからなッ!」と叫んだ。
恋人のその姿に苦笑を洩らしながら、リゾットは応える。

「Si, amore.」

二人は隣り合って歩きながらアジトを後にする。
平和で幸福なひとときを手にするために。