目覚めてしまった。





ジョセフが目を覚ました時、そこは見覚えのあるリサリサの館だった。
どうしてこんな所に自分が居るのだろうか、とジョセフは不思議に思い、そしてカーズとの死闘を思い出して飛び起きようとした。
しかしその身体には激痛が走り、起き上がることなど出来るはずもなく、ただうめき声が出ただけであった。
痛みに耐えていると部屋の扉が開き、いろいろな物が乗ったワゴンを押してスージーQが入って来た。
ジョセフが目を覚ましていることに気付くとワゴンをそこへ置いたまま駆け寄って来て声を掛けた。


「ジョセフッ!!気がついたのね…良かった、本当に良かった!」


その瞳からは大粒の涙がぽろぽろと滑り落ち、ジョセフの寝ているベッドの上にパタパタと落ちた。
それを見てジョセフは、『ああ、死ねなかったんだ。』と理解して泣いた。


「どうしたの?どこか痛むの!?今お医者様を呼んでくるわッ!」


ジョセフの流した涙の意味を取り違えたスージーQは、慌てて部屋を飛び出していった。
ひとり残されたジョセフは先の闘いで死んでしまった恋人のことを想った。
(シーザーちゃん。俺、そっちに逝けると思ったのに、ダメだったよ。…俺、ちゃんと使命を果たしたよね?なのに、どうしてまだ生きなきゃいけないのかなぁ…?)
彼を思い出し、ジョセフの涙は止まるどころか酷くなり、後から後からあふれ出して息をするのも苦しくなった。
それでも泣き止むことなど出来なくてジョセフは泣き続けた。
スージーQが連れてきた医者に診てもらっている間も、身体を拭いて包帯を変えてもらっている間も、医者が帰ってしまっても、ただジョセフは涙を流し続けた。
その様子を見て、スージーQはジョセフの恋人に何かがあったのだと、そう、シーザーは死んでしまったのだということを理解した。彼らの幸せそうなやりとりを見ていただけに、ジョセフの受けた衝撃の大きさがどれほどのものであるのかが分かってしまい、スージーQもまた辛くなった。
しかしこういう時こそ傍でしっかりと支えてあげなくては、とスージーQは何が起きて、誰がどうなったのかという事には一切触れずに、懸命にジョセフの看病を続けた。
ジョセフが話せるようになって、起き上がれるようになった頃、ようやくジョセフは戦いの結末とその胸の中をスージーQに伝えた。


「なぁ、スージーQ。ちょっと話、聞いてもらっても良いか?」
「もちろんよ、何でも話して!」


スージーQはどのような話をジョセフがしようとしているのかを知りながらも、わざと明るくノーテンキを装って言った。ジョセフはその優しさに気づいていながらそれを知らないふりをした。


「シーザーが、死んだよ。俺のせいなんだ。俺が言っちゃあいけないことを言ったんだ。そしたらアイツ、独りで戦いに行っちまったんだ…!」
「……。」


やはり、という思い浮かんでスージーQは目を閉じてシーザーを想った。
自分を責め抜いているジョセフに、何と声を掛ければ良いのか分からずそのまま黙っていた。
ジョセフは続けた。


「シーザーは最期に、俺に命と引き換えにして解毒剤とバンダナを残してくれた。その御蔭で俺は生きてる。その後、俺達はカーズって奴と戦った。溶岩に突っ込んでも死ななかった奴だ。でも火山の噴火が俺とそのカーズを空へ吹っ飛ばした。…そいつは宇宙に飛ばされていった。俺も、そこで死ねると思ったんだ。俺もシーザーと同じ所に逝けると思ったんだ。…だけど違った。俺は生きてた。生きてるんだ。…なぁ、俺なんかが生きてて、シーザーが死んで、それで良いのかな?何で俺も死ねなかったんだろ…」


ジョセフの言葉が終わらないうちにその左頬が物凄い力で打たれた。びっくりしてきょとんとするジョセフに、スージーQは泣きながらもう一発くらわせた。


「バカッ!バカバカバカバカ、バカッ!!!なんてこと言うのよ!!シーザーが心から、本当に、誰よりもアナタを愛していたからこそ、その命と引き換えに生かしてくれたんでしょう!?それが分かっててどうして…淋しいからって、辛いからって、死にたいなんて、なんで言えるの!?シーザーがくれた命を粗末にしないでッ!そんなこと考えている暇があるなら、彼の分まで生きなさい!!おじいさんになって、よぼよぼになって、子供や孫に囲まれて死になさい!そうじゃなきゃ許さないんだからッ!」


大きな声で鳴き叫ぶようにしてスージーQはジョセフに言った。
両方の頬を真っ赤に腫れあがらせたまま、ジョセフはその言葉を受け取った。
ジョセフはシーザーが残してくれた自らの命と、スージーQが教えてくれた真実に涙を流した。二人は声を上げて泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、もうこれ以上ないと言うほど泣いてから、顔を見合せて恥かしくなって笑った。


「なぁ、スージーQ。俺の事おじいちゃんになって死ぬまで見守っててくれない?」
「それって…私は永遠にアナタの中で二番目の存在になるの?」
「ゴメン…だってもう俺シーザー以上に人を愛せないと思うんだ。そして…この気持ちを分かってくれるのはスージーQだけでショ?」
「酷い人!…でも、いいわ。アナタの事、可愛くって大好きだから。」
「…ありがとう…」
「もうッ!男の子がそんなに泣かないの!…シーザーが大好きだった、あの明るい笑顔を早く見せて?」
「…うん。…うん。」


顔をクシャクシャにして泣くジョセフを小さな身体で抱きしめながら、スージーQは祈る。
(シーザー、この人は私がしばらく預かっておくわ。アナタが残してくれたこの人を、私が一生を懸けて幸せにするの。アナタは嫉妬するかしら?でもね、この人はきっとまだこの世でやらなければならない事があるのよ。だからあんな奇跡みたいに生き残ったの。ゴメンなさい、許してね、もう少しだけ私の所にこの人を居させてね。おじいさんになって、幸せになって、そっちに逝くことになったら、その時はアナタにお返しします。それまでは私が守ってみせるから。だから、今はどうか安らかに…)


二人は母親と息子、もしくは姉と弟のように抱きしめ合って眠りについた。ジョセフもスージーQも酷く疲れていたのか深い眠りだった。その夢の中で、シーザーに会ったような気がしたが、それは二人の願望だったのかもしれない。
翌日お昼近くに二人は目覚め、昼食の後で婚約指輪を買いに行った。正確には、ジョセフがよぼよぼになるまで生き続けるのを見届けるという『契約指輪』なのだが、他人にしてみればそれは幸せな二人が結婚を約束する幸せの象徴でしかなかった。
これからの長い人生、まだまだ色々な事が待ち受けているだろうが、最愛の人に与えられた二度目の人生を強く生きていこうとジョセフは未来の妻とその指輪に誓った。
ジョセフは新たな人生を歩き出した。