間違うなッ!





「イルーゾォ〜。いい加減こっちに出て来いよ!」
『・・・。』
「しょおがねぇなぁ〜。」


鏡をドンドンと叩いてホルマジオが声を掛けるが、中に入ったまま出てこなくなったイルーゾォは何の反応も返さない。
「困った。」と言うように頭を掻くホルマジオの肩に二つの手が掛けられた。

「どうしたんだよ。」
「何?痴話喧嘩?」


無駄にひっついているソルベとジェラートがニヤニヤしながらそう言った。
ホルマジオはうんざりしながらも言葉を返す。

「違ぇよ。髪を解いて歩いてたら女に間違われたんだと!そんで拗ねてんだ。ったく、急に電話掛って来るから何事かと思えば…」
「まぁまぁ、ムカつくのも無理ねぇよ、なぁ、ジェラート?ま、確かに綺麗な髪だけどな。」
「そうだよ。怒るのも当然だ!…でも俺って猫っ毛だからストレートの髪って羨ましい。」
「俺はお前の髪、柔らかくて好きだぜ?」
「やめろよ、こんなとこで!」

(あ――――…うん、もう好きにしてくれ。)
そう言いたいのを何とか堪えて、どうやってイルーゾォを鏡の中から引っ張り出すかについて考えを廻らす。
どうしたものかと悩んでいると我らがリーダーがやって来た。

「…何をやっている。」
「リゾット!良いトコに来てくれたぜ。イルの奴、また引きこもっちまってよぉ〜。」


そう言ってからホルマジオは事情を説明した。
すると少しだけ沈黙し、考えた後でボソッと呟いた。

「…プロシュートもキレていた。」
「リーダー!それ、本当…!?」

先ほどまで頑なな貝のように閉じこもっていたイルーゾォが首だけを鏡から出した状態で叫んだ。
その姿は実に気味悪く、リゾット以外は飛び上がって驚いた。
リゾットはと言えば至極冷静に「本当だ。本人に確かめてみてはどうだ。」などと言った。
するとイルーゾォは「聞いてくるよ。ありがと、リーダー。」と言ってまた鏡の中へと潜った。
プロシュートの元まで鏡の中を行くらしい。
(外に出てくれば良いものを!)とホルマジオは少しだけ苛々した。
そんな彼の肩をソルベが宥めるように叩き、ジェラートはただ微笑んでいた。
リゾットは無表情に彼に向けてこう言った。

「あの話をするとプロシュートは怒るかもしれないな。…イルーゾォは大丈夫だろうか?」
「そういうことはよぉ〜先に言ってくれよな、リゾット!!」


しょおがねぇなぁ〜と言いながら恋人の元へと走って行く彼を年長者3人は微笑ましく思った。




「オイッ!イルーゾォてめぇ、鏡から出てきて説明しやがれ!!」
『や…やだよ!絶対殴られるに決まってるし…。リーダーに聞いたんだよッ!
  俺も女に間違われたから一緒に話が出来ると思ったのに…。』


鏡の中から声だけ出ることを『許可』したイルーゾォがボソボソ言うのに、プロシュートは鏡を叩き割らんばかりに憤っていた。
駆けつけたホルマジオは恋人が大事ないことに安堵して、プロシュートに近づくと声を掛けた。

「プロシュート、お前少し落ち着けって。どーしてそうなったんだよ?教えてくれねぇか?」
「あぁん!?そんなに聞きてぇってンなら聞かせてやるよ!!」

ヤケクソ気味にそう叫ぶと麗しき兄貴は眉間に大いにしわを寄せておもむろに語り始めた。

「―――そう、あれは寒い冬の夜だった。
  その日は珍しくオフだったから髪を結うのも面倒で降ろしたままにしていたんだが、それがまずダメだった。
  リゾットと2人で飲みに行こうってな話になって、寒がりな俺は真っ白な毛の長いコートを着た。
  触り心地が物凄く良くてお気に入りの毛皮だった。だが、これもいけなかった。少し遠出してバールへ入った。
  カウンターに腰掛けて飲むこと1時間、リゾットがトイレに行くと言って席を立った時だった。
  それを見計らったかのようにその男はやって来た。
  リゾットが座っていたのとは逆の席へ座るとBijou《宝石》と名のつく甘ったるいカクテルを差し出して俺にこう言いやがったんだッ!
  『やぁ今晩は、麗しきシニョリーナ。あぁ、その潤んだ瞳も煌めく黄金の髪も、星の輝きさえくすませるほどの美しさだ!
  あんな地味な男はやめて、俺と一緒に楽しまないか?』ってなぁ!!」

『うぇ〜…マジで?気色悪ッ!』
「ハハッ!なんてひでぇ口説き文句だ!今時言うかぁ?」
『なぁ、アンタのことだ、もちろん殴ったんだろ?』

ホルマジオをひと睨みしてプロシュートは得意気に語り出した。

「当ったり前だ!!自慢にしてた顔を2度と見られないようにグシャグシャにしてやったぜ!」
「さすがアニキだッ!」

ペッシが目をキラキラさせて言うのを「バカヤロー!」と口では言いながらもプロシュートは嬉しそうにしていた。
イルーゾォは鏡から出てきて、恋人の傍へやって来ると小さな声で言った。


「俺もボコボコにしてやりゃあよかったな。…つい逃げて来ちまった。」
「あ〜…まぁお前らしいっちゃあお前らしいけどな。良いんじゃねぇの?面倒事は嫌いだろ?」
「うん。でも少し口惜しい…。」
「じゃあ次にそんなことがあったら俺がブッ飛ばしてやっからよ!な?」
「うん。Grazie、ホルマジオ。」

2人で微笑みを交わしているとチシャ猫のような目をしてプロシュートが見ているのに気付いて、慌てて何もないような顔を取り繕った。

「何だぁ?お前ら。イチャついてんじゃあねぇぞ?」
「うるせぇなぁ、お前だってリゾットと一緒の時は甘えてやがるくせに!」
「なッ!何言って…」
「へぇ〜そうなんだぁ。可愛いトコあるんだね、プロシュートも。そう思わないかい?ソルベ。」
「だな!人は見掛けによらねぇってか?」

真っ赤になって否定しようとしたプロシュートの言葉を遮ってジェラートがソルベに言い、ソルベもまたそれに乗ってからかうように言った。
さすがの兄貴もこの二人にかかっては子供扱いだ。何も言い返せないまま恥かしさに震えているプロシュートに腕が回された。

「それ位にしておいてくれ。拗ねられては困るんでな。…ホルマジオ、何を根拠に『甘えた』と言うのか説明してもらおう。」
「い、いや別に言ってみただけで…」
「…そういうことにしておくか。では、そろそろ仕事にかかってくれ。」
「Si、リーダー!」

声を合わせて了解の意を表し、各自散開していった。
今日も、少し危険ではあるがそれほど難易度の高くない『仕事』が待っている。
誰もが命を落とす可能性があるのにもかかわらず誰一人としてそれを考える者はいない。
ずっとこの生活が続くのだと思っている。…いや、信じている。

仕事が終われば皆、考えることは同じ。


「今日の晩飯なんだろ…?」


本日も彼らはある意味平和だ。