「よぉ、露伴。」 「何だ?僕はお前みたいな奴と喋る様な時間は生憎だが持ち合わせていないんだ。さっさとどこかへ行け。」 カフェ・ドゥ・マゴのテラスのテーブルを陣取り通行人のスケッチをする露伴はその手を止めることなく親しげに声を掛けた噴上をすげなくあしらうとまたスケッチに没頭し始めた。 「オイオイ、そりゃあねえだろ!しかも、そんな太ったおっさんなんかよりこの美しい俺を描けよ。」 「自分のことをよくもまあ恥じらいも無く美しいだなんて言えたものだな!…フン、それなりに整った顔はしているが。」 そう言いながらも露伴は新しいページに噴上の顔を描いていった。 ものの数十秒で噴上曰く「控え目に言ってもミケランジェロの彫刻」のような顔が出来上がった。 そしてそれを噴上に見せつけるようにして露伴は言った。 「これで満足か?」 「すげぇ!…なぁ、これアンタの部屋に飾っておいてくれよ。」 「何を寝ぼけたことを言っているんだ、お前はッ!どうしてお前の顔を飾らなければならないんだ!」 「何でって、そりゃアンタに俺の顔を見ててほしいからさ!俺、露伴のことが好きだ。」 「…熱でもあるのか?」 目を丸くしてそう聞き返した顔が可愛くて思わず声をたてて笑った噴上に、露伴は顔を赤くして怒った。 「悪い、あんまり可愛いもんだからつい。…冗談なんかじゃあねぇよ。俺はアンタに心から惚れてる。 リアリティを求めるのが好きなんだろ?俺と付き合ってみねぇか?」 リアリティと言う単語を耳にして我に返った露伴は今言われたことについて考えてみた。 そう言われてみれば、恋人がいるわけでもなければ男同士の恋愛というものは経験したことが無い。 「本当に僕が好きなのか?利用されて振られるかもしれないってのに。」 「大丈夫だ。絶対、俺に惚れさせてやるからよ。」 ウインクしながら言った噴上にうんざりしながらも一応は「恋人同士」にならなければならないので何も言わないでおく。 利用出来るものはとことん利用しておくのが良い。 「それじゃあまずはお互いの呼び方だが、俺のことを呼ぶときは“裕也”だ。いいな?」 「…仕方ない。お前は露伴と呼び捨てにするつもりなのか、裕也。」 「今更だろ、露伴。…さて、ここからが大事なことだ。毎日最低一回は連絡を取り合うってのはどうだ?」 「毎日…。僕はノーテンキな学生のお前とは違って忙しい。はっきり言って無理だ。」 ありえない、と呆れた様子の露伴に噴上は何の問題も無い、と言った様子で言い返した。 「アンタは大抵家に居るんだろ?だったら簡単なことだ。俺が毎日会いに行けば済むことだ。」 「ふざけるなッ!何でお前を家に上げなくちゃあならないんだ!」 「恋人なら当たり前だろ?」 そう言われてしまえば何も言えなくなり、露伴は渋々承諾した。クククッと楽しそうに笑うと噴上は露伴の唇に口付けた。 驚いてもがく露伴をいとも簡単に押さえ込んだ男は舌を相手の口腔にすべり込ませて舐めまわした。 上あごを掠める度に露伴は身体を小さく震えさせて反応していた。 ようやく解放されたとき露伴はくたりと噴上にもたれていた。 「やっぱり可愛いな、露伴。…それじゃ、また明日。」 そう言うと噴上は露伴の頬にもう一度キスをしてからその場を去って行った。 脳内の情報処理が追いつかない状態で放置された露伴は、暫しボーッとし続けた。 我に返ってからは、人通りの少ない時間帯であり他人に見られなかったことに安堵した。 そして明日会いに来た時一発殴ってやると心に決めた。 翌日、噴上は予告通り露伴の元へとやって来た。 玄関で入って来たところを殴りつけ、スッとした心持で訳が分からないという表情の噴上を無視して言い放つ。 「今日中に描き上げたい原稿がある。それが終わって僕が降りてくるまでは絶対に二階へ上がって来るんじゃあない、いいなッ!?」 「いてぇ…って、来ていきなりそれかよ!…その間俺はどこで待ってりゃいいのよ?」 「こっちだ、ついて来い。…この居間で待っていろ。そしてここがキッチン。喉が渇いたら勝手に飲め。」 「はいはい。…これって一種のお預け状態?」 眉を八の字にして言う噴上に不覚にも目を奪われそうになり、露伴は慌てて視線を逸らした。 「くれぐれも邪魔してくれるなよ!」 そう言い捨てて仕事部屋に入ると、鍵を掛けてから原稿に取り掛かった。 本当は今日完成させなければいけないものではないが暇だと思われるのが癪でずっと先の仕事をやる。 自分でも大人気ないと思うが…。などと考えながらも手は止めずに次々に仕上げていく。 放っておかれた噴上は小さく笑ってソファに掛け、テーブルの上にあった本を手に取ってページをめくった。 面白いとも思わないが暇つぶしにはなる本だった。 一時間もしないうちに露伴がやってきて意外そうに声を掛けてきた。 「何だ、お前何も飲んでいないのか?」 「ん?あぁそんなに待ってねぇしな。だがそう言われると何か飲みたい気分だ。」 「紅茶で良いな?」 返事も待たずにキッチンへ消えた露伴を追い掛けて噴上もまた居間を出る。 追いついて見るとケトルを火にかけているところだった。 近付いて行って後ろからそっと抱き締め、うなじにキスをした。 ビクッと体を震わせた露伴が怒り出す前に首筋や耳の裏に何度も口付けた。 「ん…ゆ、裕也…やめろ」 「露伴…可愛いぜ。」 自分に向き直らせた露伴を見つめて噴上は愛を囁く。 「愛してる、俺がこんなに余裕を失くしたのはアンタが初めてだ…。早く俺を好きになってくれよ。」 な?と聞いてくるその甘く響く声に思考は鈍り、露伴はただ相手を見返すことしか出来ない。 噴上は愛おしそうに微笑んで唇を寄せる。 初めは単に重ねるだけを繰り返し露伴が嫌がらないか様子を見る。 次第に深く口付けて翻弄する。 火にかけていたケトルがいきなり悲鳴を上げた。 その音に自分を取り戻した露伴は噴上の腕から逃れるとスイッチを切る。 「す、すぐに用意をするからお前は向こうで待っていろ!…早くあっちへ行けッ!」 「分かった、分かったから。そんなに睨まなくたって良いだろ?」 片眉を上げて困ったと言うような表情をするその計算されたかのような美しさに余計に腹が立ってカップを投げつけてやろうかとも思ったが大人気ないことをするのが嫌でなんとかその思いを踏みとどまった。 噴上がキッチンを出て行くのを見届けてから、お気に入りのカップとミルクティーによく会う茶葉を選んで紅茶を淹れる。 ミルクを火にかけている間にポットとカップ、砂糖壺を居間へ運ぶ。 まだ触るなよ、と言い置いて火を止めに戻り、温まったミルクを小さな容器に入れて持っていく。 居間へ戻ると露伴は2人分のお茶を注いで片方を噴上の前に、もう片方を自分のもとに持って来ると自分の分にだけミルクと砂糖をたっぷり入れて味わった。 そんな様子に小さく笑って噴上は露伴に倣ってミルクと砂糖を入れてカップに口をつける。 「美味い…。」 思わずそう呟いた噴上に、少し得意げに露伴は笑い掛けた。 「当たり前だ。僕がこの家に置くのはそれに値するものだけなんだからな!…だがお前と気が合うとはな。」 上機嫌で紅茶を飲む露伴はとても可愛いのだがそれを言えばまたへそを曲げるかもしれない。 話題を変えて学校であったどうでもいいようなことを話した。 そんな努力も虚しく、噴上の言葉を遮るようにして露伴は口を開いた。 「お前は馬鹿だな。仮にも『恋人同士』がこんな話をするのか?何を我慢している?」 「…気づいてたのかよ。」 「当たり前だ。僕は他人を観察するのに長けている。お前のようなガキの考えることなど分からないはずがないだろう!」 まったく、僕を誰だと思っているんだ。と呆れ顔で溜息を吐く露伴に、噴上は抱きついた。 「そうだよ。俺が話したかったのはあんなくだらねぇことじゃあない。アンタがどんなに可愛いか、とか俺がアンタをどれだけ好きかってことだぜッ! それだけじゃ足りねぇ…ホントは露伴にキスして身体中に触れて愛撫してぐちゃぐちゃに抱きたいと思ってる。でも、そんなことしたらアンタに嫌われるだろ? だから我慢してたってのに…どーしてくれんだよ。」 「何をッ…あ、どこに触って…!」 トレードマークであるギザギザのヘアバンドを取り去って艶やかな髪を梳く。 もう一方の手はいやに短い服の裾から入り込むと、脇腹から背中、鎖骨と撫で上げていく。 そして髪を梳いていた手で露伴の頭を固定すると少し乱暴に口付けた。 「ん!…裕也」 「露伴、愛してるぜ。俺に独占させてくれねぇか?…それが嫌なら俺をアンタのものにしてくれ!」 狂おしい想いを悲痛な叫びに乗せて吐き出した噴上に、露伴は頭の一片で 『苦悩する顔までも美しい。デッサン出来れば良いのに』 と考え、また違う部分では 『この僕のどこに惚れているというのか知りたい』 と考えていた。 それなのに身体は繰り返されるキスと愛撫によって力が抜け、噴上の為すがままになっていた。 いつも余裕に満ちた表情で軽口をたたくこの色男が自分のために苦しみ、必死になっている姿を見ていると奇妙な感情が湧きあがって来る。 まだはっきりとは理解できないこの想いがしっかりした形をとるのにはもう少し時間が掛るだろう。だが今は、この色男に流されておくのも悪くないと思う。 「僕は、僕だ。だがお前は僕の『恋人』なんだろう?それならその特権を利用したら良い。僕はな、裕也。嫌いな奴を家へ招いて茶を出すことはしない。…その意味が分からないほど馬鹿じゃあないだろ?」 そう言うと噴上は今までには一度も見せたことのない、乱暴な強い力で露伴を抱き寄せた。 「なぁ…これ、夢じゃあないよな?」 露伴の肩に顔を埋めながらそう噴上は呟いた。 その声があまりに震えていて情けなく、面白くなって耳に咬みついてやった。 「イテッ!何すんだよ露伴!」 「うるさい。夢じゃあないって分かったんだから良いだろ?…重たいんだよ、お前は!もう、どけッ!」 自分で咬みついておきながら相当恥かしいことをしてしまったと自覚した露伴は照れ隠しに喚き藻掻いた。 暫し唖然としていた噴上だったが、満面の笑みを浮かべるともう一度ギュッと露伴を抱きしめた。 「やべぇ…俺、スゲー嬉しい。愛してる、世界中で誰よりも露伴を!」 「だ、黙れ!くっつくな、ん…」 またも唇を奪われ、露伴はそれ以上文句が言えなくなってしまった。 噴上は深い口付けを幾度も繰り返し、力の抜けた恋人の身体をソファへと押し倒した。 「裕也…なにを?」 「え…何ってよぉ、ナニでしょ?」 「莫迦者ッ!!」 力いっぱい殴りつけられた噴上は、後頭部を押さえて露伴を解放して起き上がると涙目になって文句を言う。 「いってぇ…オイオイ、流れ的にOKだったろ!?」 「口を開くな、この色情魔めッ!!」 チェッと言いながらも大人しく身体を引いて元座っていたように腰を降ろした噴上から少しだけ間を取って座ると、露伴は真っ赤な顔で睨みつけながら乱れた服装を直した。 少し落ち着くと、目を合わせないようにして非常に小さな声で露伴は囁いた。 「……キスなら許してやっても良い。」 冷めてしまった紅茶を飲んでいた噴上は口に含んでいたものを吹き出しそうになったが何とか堪えてカップを置きつつ露伴の顔を覗き込んだ。 苺のような真っ赤な顔は俯いていたが耳まで染まっていてバレてしまう。 その顔を隠そうとして噴上の肩に額を付けた露伴のその姿がどうしようもなく可愛くて、そっと腕を回してあごに手を掛けて上向かせると確かめるように声を掛けた。 「露伴?」 視線を合わせようとしない露伴の頬をそろえた指の背で撫でてそこへキスを落とす。 目を閉じたその瞼にも、普段はヘアバンドで隠れているその額にも。 「…んっ…裕也」 「食っちまいてぇくらい可愛いな…」 そう言うと少し開いていた露伴の唇に口付けて口腔を舌でまさぐる。 逃げる舌を絡めて上あごを舐めると露伴はびくりと体を震わせ噴上にしがみついてきた。 唇を離すと自らの膝に露伴を乗せ今度は耳元で何度も愛を囁き、一言毎にキスを落とした。 「はぁ……ふ、もぅ駄目だ、離せ。」 名残惜しそうに唇にもう一度だけキスを落とすとその腕を緩めた。 潤んだ目で見返してくる露伴にだらしなくニヤけた顔を向ける。 「今日はもう帰れ。」 「じゃあ、また明日。…来ても良いだろ?」 「明日は出かける用事がある。帰りは遅くなるだろう。」 「気にしねぇよ。帰って来るの待ってるから。次の日は休みだしな♪」 泊まって行く気満々の言葉に露伴は勢いよく立ちあがると大声で叫んだ。 「か、帰れッ!明日も来なくていい!!」 「ハイハイ、帰りますよ(今日のトコは)。愛してるぜ、露伴。」 そう言うと露伴の手を取り、気障ったらしく指先に口付けて「また明日な」と言って帰っていった。 バタンと玄関が閉まる音を聞いた途端、露伴は脱力してソファへ座りこんだ。 (何故だ?どうして完全にペースを持っていかれてしまうんだ…?!このままでは…このままではッ!!) 頭を抱えて悶えていた露伴だったが、少ししてそれについて考えるのをやめ、テーブルの上を片付けて明日出かける用意をし、入浴し、 寝るための準備を機械的に済ませた。 翌日二人がどうなったかはまた別の機会に。 |