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目を開けると真っ白な天井が見えた。 ピッピッ、と規則正しく電子音が聞こえていて、息がし辛い。 腕をあげて酸素マスクを取ろうにも腕が重くて持ち上がらない。 仕方なく眼だけを動かして部屋の中を見渡してみる。 広めの部屋には花が飾られ、清潔そうでホテルの一室のようだった。 腕からは点滴の管が伸びており、胸からもコードが伸び電子機械に続いていた。 そうしてようやくこの音は自らの心拍だったのかと理解する。 何故、僕は生きているんだろう? DIOとの闘いで腹部に大穴を開けられたというのに。 そしてその結果はどうなったのだろうか。 今、このように治療を受けているのだから勝ったのだろうが… 皆はどうしているのかが気になった。 痛みに悲鳴をあげる腕を無理やり動かすとベッドヘッドのナースコールを押した。 少しするとパタパタと走ってくる音が聞こえ、ドアが開いた。 白衣を着た医師と看護師が数名部屋に入ってくると僕に声を掛けてきた。 『気分はどうですか?』 『傷がまだ塞がっていませんから動かないで』 『痛みはどうですか?』 『ご自分がお分かりになりますか?』 まだ頭がはっきりしないのか、ゆっくりとしか聞かれたことを処理できない。 気分は悪くない。動きたくても動けない。痛みはないから麻酔が効いているのだろうか? 僕は…僕は花京院典明。そうだろう? 時間をかけてそう答えると、医師は何やら頷いて誰かを呼びにやった。 次に僕は、病人着の上着を脱がされると心音を聞かれコードが外された。 そして腹部のガーゼを変えられていると荒々しくドアが開かれた。 承太郎・・・ 以前と変わらぬ姿で彼が僕を見つめてきた。 「花京院…。」 低く胸に響く声で名を呼ばれた途端、涙が頬を伝った。 後から後から熱い雫は溢れ、声を出そうにも喉が焼けるようで苦しくて音にならない。 彼が近付いて涙をぬぐってくれた。その指の温かさにまた泣けた。 医師が部屋を出ていくと、承太郎は優しく僕の髪を梳いてあやしてくれた。 今、ようやく生きていると実感した。 「承太郎…僕は生きてるよ。」 「ああ。」 「勝ったのかい?」 「ああ。アヴドゥルとイギーは逝っちまったがな…」 「…そうか。」 眉間のしわを深くして言う彼を抱きしめたいと思った。 気に病む必要はないのだと言いたかった。 だがそれは今彼に掛けるべき言葉ではない。 「ありがとう、承太郎。」 少しだけ微笑みを僕へ向けて承太郎は部屋を出て行こうとした。 離れようとする彼の方へ腕を伸ばせば、「やれやれだぜ」とお決まりのセリフをつぶやきながらベッドの傍らへ椅子を持ってきて座った。 「どうした。」 「もう少しだけ、ここに居てくれないか?」 「起きていて平気なのか?」 「独りに、なりたくないんだ。」 そう言った僕の頬にふれて、承太郎は柔らかく笑い掛けてくれた。そしてDIOとの想像を絶する過激な闘いの様子と結末を少しずつ話してくれた。 僕が時計台を撃ってから十分ほどで決着がついていたのには驚かされた。 ジョースターさんの蘇生の後、僕のもとへ駆けつけた彼が見たのは、大穴が開いているはずの腹部からキラキラと輝く緑色の光。 そう、僕のハイエロファント・グリーンが穴を塞ぎ出血を抑えていてくれたらしい。 そこでSPW財団の最高の医療スタッフによって緊急手術が行われ、どうにか一命を取り留めたというわけだった。 しかし昏睡状態が続き、あれからもう三週間が過ぎていた。 ここは日本のSPW財団の医療施設で、ポルナレフやジョースターさんは先週自国へ帰ったそうだ。 聞けば承太郎は、毎日ここへ訪れてくれていて、今日は帰る途中に電話が入りわざわざ戻ってきてくれたのだという。 「あの、承太郎…本当にありがとう。」 「俺は何もしていない。だが、お前が生きていて良かった。」 帽子のつばに手をやってそう言った彼は、ジョースターさんとポルナレフに連絡を入れると言って部屋を出て行った。 「戻ってくるから安心しろ。」と言われてひどく安堵した自分に少しだけ呆れ、そう思われるような顔をしているのかと恥ずかしくなった。 独りになってようやく、両親はどうしているのかが気になり始めた。何かしら知らせは入っていると思うがどうしているのだろうか? 黙っていなくなり大ケガをして… 謝らなくては。しかしどう説明したものだろう。 そんなことを考えていたら連絡をし終わったのだろう承太郎が戻ってきた。 「なぁ…その、僕の両親は一体どうしているのだろうか?」 「…お前はもう『花京院』じゃあない。『空条』を名乗れ。」 「…は、何を言ってるんだ?」 いきなりのことに混乱を隠せずにいる僕に彼は渋々真実を教えてくれた。 無理に言わせたのは僕だが、聞いた後で僕はそれを少し後悔した。 彼が言い渋るのも頷ける。僕は勘当されたらしい。 僕は、僕が思っていたよりも両親に疎まれていたようだ。 まぁ、仕方のないことかもしれない。 昔から何を考えているのか分からないと言われていたし、ハイエロファントのことで嘘吐き呼ばわりをされ、頭がいかれているんじゃあないかと周囲の人々に思われていた。 迷惑も掛けてきた。その上、家出して大ケガだ。 会いにも来てくれないのかと思うと悲しいが…。 黙り込んだ僕を見て承太郎は後悔し自分を責めているようだった。 「今度、謝りに行こうと思う。」 「ああ。」 「ついて来てくれるかい…?」 「構わない。」 「ありがとう。」 僕は笑い掛けようと努力した。だが実際には顔が引きつっただけで失敗に終わった。 泣きそうだと思ったのか承太郎が大きな手で顔を身体から力が抜けていくのが分かった。 「今日はもう寝ちまえ。いいな?」 「分かった。心配を掛けてすまない。」 「ゆっくり休め。また明日来る。じゃぁな、典明。」 ぽんぽん、と軽く頭をたたくと承太郎は部屋を出ていった。 典明…なんて滅多に呼ばれない呼び方をされて嬉しく思った僕は現金な奴だと思う。 だが、もう「花京院」とは呼ばれないのだと思うと切ない。 許して欲しいとは思わないが、面と向かって謝りたいと思う。 きっと生真面目な彼のことだ。僕らが恋人同士であることも全て語ったのだろう。 承太郎と離れることになる位なら勘当された方がずっと良い。 だから僕もありのままの気持ちを両親に伝えようと決めた。 そう考えているうちに眠気が襲ってきていつの間にか瞳を閉じていた。 もう僕は目を瞑ることを恐れない。 DIOにやられた時は仲間に、承太郎に会えなくなることが恐かった。 『死ぬんだ。別れすら言えず一目見ることも叶わず死ぬんだ。』 そう思ったら恐くなって意識は遠のいた。 だが今は違う。目覚めることができるのだから。 次に目を覚ましたら改めて承太郎に想いを告げよう。 そう途切れがちになる思考の中で思い、心地良い睡魔に身を委ねた。 新しい人生に希望の光を見ながら。 |