僕にこのような感情があったということが一番の驚きだった。 しかもその相手のために心が乱れ、思考がまとまらず、慌てふためく破目になるとは思いもよらなかった。 本当に、自分が自分でなくなったように思った。 昔から母には放っておかれ、義父には暴力を振るわれ、悪ガキどもからはいじめられていた。 周囲の人物には恵まれていなかった。 たった一人(僕が助けたということらしい)礼のつもりなのか、僕のことを少し遠くから見守ってくれた人はいた。 名前も知らないが、僕のたった一人のヒーローだった。 僕がギャングになると決めた時から常に他人との間に線を引くようにし、誰も信じず、何事も計算して生きてきた。 ブチャラティに会い、仲間と過ごした日々の中で他人を信じられるようになり、心から笑うことが出来るようにもなった。 大きな犠牲を払うことになってしまったが、こうしてパッショーネを手に入れることも出来た。 まだ完全には支配は行き届いていないがそれももう時間の問題だろう。 嫌がるフーゴを無理矢理そばに置き、ミスタとポルナレフさんに力を借りてこの組織を動かしている。 ディアボロとの闘いに決着がついてからまだ真実を知らない2人を連れてコロッセオへと行った。 ナランチャを、ブチャラティを、そしてポルナレフさんの遺体を回収してアバッキオのものと共に並べて墓を作った。 (ポルナレフさんはフランスが良いからと言って墓は作らせなかった。目の前で話している相手の墓なんて作れるはずもないのだけれど。) トリッシュもミスタも大声をあげて泣き、真実を知らせずにいた僕を責めた。 返す言葉なんて有るはずもなく僕はただただ謝った。 ボスに就任するとすぐさまフーゴを探させ、事実を、かつての仲間達の死を知らせた。 彼は知っていたようだったが、墓前へ立つと静かに涙を流した。 本当に小さな声で謝罪の言葉を聞いたような気がした。 その後は解決すべき問題や仕事が立て続けに起こり、その処理に追われて忙しい日々を送った。 トリッシュは、とりあえず元の生活を再開して、事あるごとに僕たちと会い、また墓参りをしている。 フーゴは渋々参謀を引き受け経済的な運営や作戦を考える、組織のブレーンとして働いてくれている ミスタは僕の右腕として、幹部たちのまとめ役、兼、相談役といった仕事をしてくれている。 新しい組織のやり方に戸惑い混乱する部下たちも、彼がうまく丸めこんでくれる。 組織の方はこれで何とか収まりそうだ。 反感を持つ奴はその言い分を聞いて僕の信じる正義に反すれば即座に切り捨てる。 そうでなければその意見を聞き入れる。実に単純な、しかし冷酷な(これはフーゴの言葉だ)やり方だ。 そのうち皆も慣れるだろう。「きっとうまくやれるさ。」ミスタがそう言ってくれた。 ミスタとは…会ったばかりの頃は「女好きの楽しい人」程度にしか思っていなかった。(あとは、面倒見が良いとか。) だけど一緒に過ごしていくうちに、他の仲間に感じるものとは少し違う感情が彼に対してだけあると気付いた。 彼と話しているときは何故か話が弾む。心がとても穏やかになる。 彼のことを気付くと見ていて、彼の行動を目で追っていた。 自分でも本当に信じ難いことだった。 その日は僕の就任披露パーティーだった。(組織に繋がりのある人物や団体、組織に一度に会うための口実でもあった。) 古参の幹部に重要視すべき人物を紹介させながらシャンパンやワインのグラスを片手に過ごしていたら上限以上に飲んでしまって、 自室に帰るなりソファに沈み込んだ。このまま寝てしまおうかと思っているとドアがノックされた。 「誰です?」 「オレだ、ジョルノ。入っても良いか?」 「どうぞ。」 短く答えるとすぐにミスタが水の入ったグラスを持って入って来た。 僕の隣に座ると水を差し出して彼は言った。 「お前、顔には出てねぇがスゲー酔ってるだろ?いつもよりペースが速いみたいだったしな。」 「分かるんですか?僕も無意識のうちに飲んでしまっていて…。 つまらない挨拶を聞いていると手持無沙汰で、手に持っていたお酒を飲んでいたんです。」 空になるとボーイが新しいのを勧めてきたり、幹部やお客人がご親切にもわざわざ呼び寄せてくれて新しいグラスと交換、 また飲む、また交換…とまぁ、こんな悪循環が起きていたんです。そう言うと彼は可笑しそうに笑った。つられて僕も笑顔になる。 「酒に飲まれてるようじゃあお前もまだまだだな。」 「いつもグダグダになるまで飲んでるミスタには言われたくないですよ!」 からかうように言えば、ミスタはまた楽しそうに笑った。 そして僕の頭を撫でてから三つ編みを解いてくれた。甘えたくなってミスタの肩に頭を持たせかけた。 しかたねぇな、なんて言いながらもそのままにさせてくれてグシャグシャと髪をかき乱された。 僕は嬉しいのに切なくて苦しい気持ちになった。 このままずっと彼を独り占めしていたい。 僕のものになってくれたら。 彼のものになれたら。 この気持ちを伝えたら彼はどんな反応をするだろう? 「ミスタ…大好きです。ずっと傍にいてくださいね、貴方だけは。」 「…ジョルノ?」 大好き?傍にいろ?オイオイ、何でそんな嬉しいこと言うんだよ。 しかも言うだけ言って寝ちまうし…。 オレは一体どーしたら良いんだ? 初めて会ったときはマジでぶっ飛んだ奴だと思った。 旅の途中でもオレたちが考えつかねぇ様な大胆な行動に出たり、冷静な態度で対処してて驚かされた。 だが、ふとした時に見せる幼い様子や発言に惹きつけられて仕方がなくなった。 気が付いたらとっくに好きになってたんだ。 今まで女の子しか好きになったことが無かったオレにとっては信じられないことだった。 「まさかこのオレが?!」って思ったぜ。 ブチャラティが魂だけで生きてたってことを教えてくれなかったことにはキレた。 だってそうじゃあねぇか!! 人ってのは誰もが死んじまったら静かに眠る権利を持ってる。 それなのにオレたちが頼りないせいで辛い闘いを幾つもさせちまったんだ。 今になって考えてみりゃブチャラティは時折具合が悪そうにしてた。 だけどあの時は誰もが目前のこと、自分の事、敵のことでいっぱいいっぱいで気付けなかった。 ジョルノを責めたって意味が無いことも解ってたさ。 だが、どうしても言わずにはいられなかった。 「何で黙ってた!!お前だけがどうして…!」ってな。 ホントは「お前だけがどうして辛い思いしなきゃならなかったんだ!」って言いたかったんだが、さすがに言えなかった。 でもこれでホントにジョルノを愛してるんだって分かったんだけどな。 今日はジョルノのお披露目だった。 護衛も兼ねてずっと近くには控えていたんだが、15歳とは思えない堂々とした態度で、 何十歳も違うようなタヌキ親爺どもを相手に対等、もしくは上に立つ者として会話をしていて感心した。 改めてスゲー奴だと思った。 だが相手をするのが10人を超えると(他人には分からないだろうが)退屈だと言うような様子をちらつかせ始めた。 やっぱりまだ子供だ。可愛くてたまんねぇよ。 グラスを空けるペースが次第に速くなって心配していたが案の定、飲みすぎたようで パーティーがお開きとなると簡単な命令だけ出して自室に引込んじまった。 冷たい水を持って行ってやるとソファにぐったりと座っていた。 これ幸いと隣に座る。 ああ、こいつに触れたい。 話をしててもそれが頭ん中でぐるぐるまわって、堪らず柔らかな金髪に手をばした。 他人には絶対触れさせない三つ編みを解く。これはオレだけの特権だ。 そう思ってたら肩にもたれてきやがった。 なぁ、これってよぉ、特別だって思っていいのか? これ以上じっとしてるとヤバい、そう思ってわざと乱暴に頭を撫でた。 そしたら、あの言葉だ。 …都合良く受け取っちまって良いか? オレは一つ息を吐いて寝息を立てているジョルノを抱き上げてベッドへ運んだ。 布団に入れてやって髪を梳く。 「愛してるぜ、ジョルノ。ずっと一緒に居てやるよ。」 そっと柔らかな頬にキスを落として俺は部屋を後にした。 翌朝、なかなか起きてこないジョルノをオレは起こしに行った。 「ジョルノォー!朝だぞ、いい加減起きろー。」 布団にもぐって丸まっているジョルノは動こうとしない。 どーした?と声を掛けながら布団をめくると顔を真っ赤にして睨みつけてきた。 「な、なんだよ。」 「昨日、僕になんて言ったか覚えてますか?」 「はぁ?」 何の事だか分からなくて俺は素っ頓狂な声を上げた。 ジョルノ様はお気に召さなかったらしくまた布団にもぐってしまった。 「もういいです!ミスタなんて知りませんッ!」 貴方のせいで一睡も出来なかったて言うのに…と怨みがましく言われてようやく俺は気付いた。 「お、お前…起きてたのかよッ!!!」 「髪を梳かれた時に起きたんです…でも寝た振りするしか出来なかった。」 こうなったら腹括るしかねぇよ、そうだろ? 「ジョルノ、俺はお前を愛してる。ホントだ。…お前は?」 「だ、大好きです、愛しています。……浮気したら許しませんからね!」 真っ赤な顔を布団から出してそう言ったジョルノに口付けて了解と知らせた。 浮気なんてするはずがねぇよ! こいつ以上の恋人なんて世界中探したって見つかりっこない。 その日、フーゴと会ったときに言われたんだが、アイツがマジでスゲーんだってのが良く分かった。 「ようやくジョルノとくっついたんですか。全く、見ていて本当にもどかしくてならなかった! ですが、イチャつくのはプライベートの時だけにしてくださいね。」 隠してたつもりだったんだがなぁ… |